
教育ITの総合展「EDIX(教育総合展)東京 2026」が5月13日〜14日、東京ビッグサイトで開催された。
毎年、基調講演に登壇してきたAppleだが、今回は初めて自社ブースを出展。会場の東8ホールには、木目調のテーブルにMacやiPadが並び、まるでApple Storeをそのまま持ち込んだような空間が広がっていた。
ブースの中心に据えられていたのは、製品体験セッション「The Lab」だ。「学習意欲を引き出す」「表現する力を育む」「長く使い続ける」「可能性を解き放つ」という4つのテーマで構成され、参加者はMacBook NeoやiPadを実際に操作しながら約1時間かけてレクチャーを受ける形式となっていた。

そして、初日である5月13日には「Appleが引き出す、学びの可能性」と題した特別講演も実施。Appleのワールドワイド教育プロダクトマーケティング担当シニアディレクターであるリヒティ・ドミニク氏らが登壇し、同社が描く教育分野の全体像について話した。
「学びの主導権」を生徒の手に。Appleが挑む「教育の質的変革」

Appleが教育市場において半世紀にわたり一貫して掲げてきたのは、テクノロジーを人間性の拡張として捉える視点だ。
Appleの教育戦略の全体像を端的にまとめると、「主体性」「表現の道具」「教員支援」の3つのキーワードに集約される。具体的には、生徒が自ら学びをコントロールする力を養い、それを実現するためのMacやiPadという強力なツールを提供し、さらに現場の教員がそれらを使いこなせるようコーチングで支える、という三位一体の構造だ。
まず「主体性」だが、これはリヒティ氏が講演全体を通して繰り返し語っていた「Agency(エージェンシー)」というキーワードだ。
もともと「Agency」は「行為主体性」「作用する力」といった意味を持つ言葉だが、教育分野では「生徒が自らの学び方をコントロールし、自分の学びや人生に主体的に関わる力」として使われることが多い。リヒティ氏も「Agency」について、「自分にとって最適な学び方を自らコントロールできる能力(ownership of how we learn best)」と定義していたが、本稿では読みさすさを考慮して「主体性」という言葉を使って書いていきたい。
背景として紹介されたのが、教育現場が抱える課題だ。ブルッキングス研究所との調査では、自信やレジリエンス(困難に直面した時の粘り強さ)を持ちながら主体的に学びへ取り組めている生徒は、世界全体でわずか7%に留まるという。
この事実は、裏を返せば多くの生徒が「自分の力で学びをコントロールしている」という実感を物理的、あるいは心理的に持てていないことを示している。Appleは、この「主体性の欠如」が現代教育における大きな課題だと位置付けている。
Appleは、世界経済フォーラム(World Economic Forum)の調査を引用するかたちで、2030年に最も求められるスキルの上位10個を挙げている。
- AIとビッグデータ
- ネットワークとサイバーセキュリティ
- テクノロジーリテラシー
- 創造的思考
- レジリエンス、柔軟性、機動性
- 好奇心と学び続ける力
- リーダーシップと発信力
- タレントマネジメント
- 分析的思考
- 環境への責任
これらのスキルは、生徒が将来を切り拓いていくために不可欠なものだが、Appleは従来の知識詰め込み型の教育ではなく「Agency」、つまり学習者自身の「主体性」を伴う学びの中でこそ育まれると考えているようだ。
受け身で答えを与えられるのではなく、自ら考え、試し、失敗しながら改善していく。そうしたプロセスこそが、創造性や分析的思考、レジリエンスといった複雑なスキルを育む原動力になるというわけだ。
デバイスは「消費端末」ではなく「表現の道具」

講演では、教育向けハードウェアについても紹介された。これが、今回の講演における3つの柱のうち、2つ目にあたる「表現の道具」だ。
ただし、Appleは自社のハードウェアであるMacやiPadを単に「情報閲覧端末」というだけでなく、「創造と表現のための道具」として位置付けている。数学、科学、映像制作、音楽、アート、コーディングなど、さまざまな分野で、生徒が自ら考え、作り、発信していく。そのプロセスを支えるプラットフォームとして、MacやiPadが存在しているというわけだ。
背景には、Apple社内に多くの元教員が在籍していることもあるという。教育現場で何が課題になっているのか。生徒はどこでつまずき、教師は何に苦労しているのか。そうした現場の感覚が、製品設計やソフトウェア開発にも反映されていると説明された。
教育市場向けのMacBookでは、Appleシリコンによる高効率設計を生かし、長時間駆動のバッテリーや高い耐久性を実現。AI処理や動画編集、コーディング、マルチタスクといった高度な作業にも対応する。さらに、より高度な分析用途やクリエイティブ制作向けには、M5チップ搭載のMacBook AirやMacBook Proもラインアップされている。
iPadシリーズでは、A16搭載モデルをベースに、AR(拡張現実)を活用した理科教育や、Apple Pencilによる創作活動を提案。iPad Proでは、AIを活用したノートの書き起こしや、高度なマルチタスク環境なども想定されていた。
重要なのは、こうした幅広いラインアップそのものが、「学び方は一つではない」という思想を体現している点だろう。
文章を書くことで力を発揮する生徒もいれば、映像、イラスト、音声、3D表現などを通じて能力を発揮する生徒もいる。Appleはデバイスを通じて、そうした多様な学習スタイルや表現方法を支えようとしている。
教育現場の文化を変える「コーチ」の育成。運用の自動化が教員の「時間」を取り戻す

もっとも、Appleは単に「良いデバイスを配れば教育が変わる」とは考えていない。今回の講演で繰り返し強調されていたのは、「変革の中心にいるのは教師である」という点だ。
同社は「優れた教育は、優れた教育者から生まれる」と位置づけており、元教員らで構成された専門チームが、教師が本来の役割である「教えること」に集中できるよう、多面的な支援体制を整えている。
実際、同社の調査では、Macを活用している学校の教師の70%が「生徒が主体的に学習に取り組むようになった」と回答している。他社製デバイスを導入している学校でも59%が同様の変化を実感しており、ICT活用そのものが、生徒の学習姿勢に変化をもたらしていることもうかがえる。
さらに日本国内の調査では、Apple製品の活用によって、生徒のモチベーションや主体性が向上しただけでなく、「失敗を恐れず挑戦する姿勢」や「批判的思考力」の向上にも繋がっているという結果が示されている。
ただし、こうした成果を生み出しているのは、ICT機材のハードウェア性能ではない。教師自身がテクノロジーを理解し、授業設計に組み込みながら、生徒の主体性を引き出す形で活用しているからこそ成果へと結びついている。

Appleが掲げる「主体性」の育成において、中心となるのは教師の存在だ。そこで、今夏から日本でも本格展開するのが「Apple Learning Coach」プログラムだ。これは、今回の講演で示された3つの柱のうち「教員支援」にあたる取り組みとなる。
これは、教員が校内でテクノロジー活用をリードする存在へ成長するための、無料の育成プログラムだ。2年間にわたる国内での試行を経て本格展開される格好となる。
「Apple Learning Coach」は、教員同士が学び合う「ピアラーニング」を重視している。学校全体の文化を、現場からボトムアップで変えていくことを目的としており、現在は世界で7,000人以上のコーチによるネットワークが形成され、知識や実践例の共有が行われている。
さらに、教員のスキルやニーズに応じた複数の学習プログラムも用意している。世界で100万人以上が参加する「Apple Education Community」では、無料の教材やリソースを提供するほか、教員同士が交流・相談できるフォーラムも設置している。また、基礎的なデジタル活用スキルを学べる「Apple Teacher」には、すでに世界で40万人以上が登録しているという。
加えて、広義の教員支援として、テクノロジー導入や運用管理の負担を減らす仕組みにも力を入れている。たとえば「ゼロタッチ・デプロイメント」では、IT担当者が端末に直接触れることなく、箱から取り出してネットワークへ接続するだけで初期設定を完了できる。また、既存のMicrosoftアカウントなどを利用したシングルサインオン(SSO)にも対応し、ログイン時の煩雑さを軽減している。
こうした運用支援ツールは、学校側に「管理できる」という安心感を与えると同時に、教師に「授業へ向き合う時間」を確保するために設計されている。管理負担を減らし、教師がテクノロジー活用に自信を持てるようにすることで、生徒の主体性や挑戦意欲を引き出していく。Appleは、そうした好循環の実現を目指している。
Appleは、なぜ教育現場で「主体性」を繰り返したのか

教育現場へのICT機器導入は、これまで主に「授業を分かりやすく、効率的にするための手段」として進められてきた。動画やシミュレーションによる視覚的な理解のしやすさ、生徒の興味・集中力の向上、電子黒板を活用した双方向型授業などが代表例だ。また、板書時間の削減や教材の再利用による教員負担の軽減も、大きなメリットとして語られてきた。
しかし、GIGAスクール構想やコロナ禍を経た2020年代以降、ICT活用の目的は大きく変わりつつある。現在重視されているのは、AIを活用した個別最適化された学びや、主体的・対話的で深い学びの実現、さらにはデジタルリテラシーの育成など、子どもたちが未来社会を生き抜く力を育てる教育への転換だ。
そうしたなか、今回のAppleの講演で繰り返し語られていたのが「Agency(エージェンシー)」というキーワードだった。生徒自身が問いを立て、自分なりに考え、表現し挑戦していく。そして、その経験を通じて自ら学びを形作っていく。Appleは、そうした主体性を支える学びの環境づくりを重視している。
講演の最後にAppleが投げかけたのは、「すべての学習者が未来を形作る存在になるために、私たちに何ができるのか」という問いだ。その根底には、適切なツールと環境があれば、若者たちは「これまで不可能だと思っていたこと」にも挑戦できるようになる、という考え方がある。
だからこそAppleは、MacやiPadを「情報閲覧端末」ではなく「創造し、表現するための道具」と位置付けている。また、教員向け支援プログラム「Apple Learning Coach」を通じて、教師が生徒の主体性を支える伴走者となれる環境づくりにも力を入れている。
ICT教育はいま、「機器を導入すること」そのものではなく、テクノロジーを使ってどのような学びを実現するのかが問われる段階に入っている。Appleの講演は、教育におけるICT活用が「効率化のためのツール」から「学びそのものを変えるための基盤」へと変化していることを印象づける内容だった。

(画像提供:Apple)




