
ロボットが工場だけでなく、物流、店舗、医療、インフラなど、さまざまな場所で使われるようになってきた。最近では、カメラやセンサーで周囲の状況を捉え、AIで判断しながら自ら動くロボットも登場している。
インテルが注目しているのが、こうした「Physical AI(物理的AI)」の広がりだ。これは、AIがパソコンやスマートフォンの画面の中だけで動くのではなく、ロボットなどの機械を通じて、現実の世界で状況を判断し、実際に動く仕組みを指す。
ただ、ロボットの性能が上がれば、そのまま企業への導入が進むわけではない。人間とロボットが同じ職場で働くためのルールや人材、安全対策、AIを動かすコンピューター環境など、あらかじめ準備しておくことが多いからだ。
インテルが公表した調査レポート「The Robotics Readiness Gap」は、まさにこの問題に焦点を当てている。調査対象は、米国、英国、ドイツ、日本、中国、韓国にある年商5億ドル以上の企業のリーダー800人。ロボット導入への期待が高まる一方で、実際に運用するための準備が追いついていない企業の姿が浮かび上がった。
シニアリーダーの60%は、5年以内にロボットを複数台運用する「ロボットフリート」の導入を計画している。ロボットを大規模に導入できれば、業務の生産性を2倍にできると考えるリーダーもいる。ところが、人間とロボットが一緒に働く職場を管理する正式な戦略を策定している企業は40%にとどまる。
つまり、「ロボットを入れたい」という企業の意欲に対して、「入れた後にどう運用するのか」という準備が追いついていない。インテルは、この差を「Robotics Readiness Gap(ロボティクスの準備性ギャップ)」と呼んでいる。
インテルで産業・ロボティクス部門のゼネラルマネージャーを務めるジョン・ヒーリー氏は、ロボティクスの次の段階では、ロボットを導入できるかどうかだけでなく、それを大規模に展開できる状態まで企業が準備できているかが重要になると説明している。
インテルが今回示したのは、ロボットを前提に仕事の進め方を見直し、人間と機械が一緒に働ける環境を作り、さらにそれを複数の拠点へ広げていくところまでを考えたものだ。そのための指針として、インテルは「5つのS」を挙げている。
インテルが提唱するロボット時代に企業が備えるべき「5つのS」とは

インテルが示す5つの「S」は、「Strategy(戦略)」「Skills(スキル)」「Safety(安全)」「Shape(形)」「Scale(規模)」で構成される。
まず「Strategy」は、ロボットを会社の仕事や人員計画にどう組み込むかという戦略だ。ロボットを導入する際には、IT部門だけでなく、AIを扱う技術部門や、実際の現場を管理するオペレーション部門など、さまざまな部署が関わる。誰が全体を管理するのかが決まっていなければ、導入できても、その後の運用で問題が起きやすい。現在、正式なロボティクス戦略を持つ企業が40%にとどまっているのは、こうした組織上の課題も背景にあるとインテルはみている。
次の「Skills」は、人材やスキルの問題だ。ロボットが高度になるほど、機械を動かす知識だけでも、AIだけの知識でも足りなくなる。たとえば、AIがカメラの映像を見て「人が近くにいる」と判断したとしても、その情報をロボットの動きに反映し、安全に停止させるところまで考えなければならない。
調査では、67%のリーダーが、ロボットの導入によって人間の労働者がより高度なスキルを身につけると考えている。一方で、40%は必要なスキルや人材の不足を、ロボットを大規模に展開する際の障害として挙げた。
これまでロボットの現場では、機械や制御、安全性などに詳しいOT(Operational Technology)の技術者が重要な役割を担ってきた。そこに、AIや機械学習を扱うIT側の技術者も加わる。
今後は、こうした異なる分野の知識を持ち、AIとロボットの両方を扱える「エッジAIスペシャリスト」や「ロボティシスト」といった人材が重要になるとインテルはみている。
「Safety(安全)」も大きな課題だ。ロボットには、人間が危険な作業をしなくて済むというメリットがある。調査でも31%のリーダーが、安全性の向上をロボット導入の価値として挙げている。
その一方で、55%は安全性への懸念からロボットの導入を遅らせた経験がある。68%は、明確なグローバル安全基準が整えば、導入を加速できると回答している。
ヒーリー氏が強調するのが「Safety by Design」という考え方だ。安全性を製品が完成した後に追加するのではなく、ロボットを設計する最初の段階から組み込んでおく。
また、ロボットそのものだけを見て安全性を考えるのも十分とはいえない。ロボットの周囲で働く人や設備、建物、ほかの機械なども含め、職場全体で安全に動く仕組みを考える必要がある。
4つ目の「Shape」は、ロボットの形や大きさに関する考え方だ。現在は人型ロボットへの注目が高まっているが、インテルは「人間に似ていること」だけを重視しているわけではないのだ。調査では、77%のリーダーが、ロボットの外見よりも性能や信頼性のほうが重要だと回答している。
一方、65%は、現在のロボットの形が現場のニーズよりも、技術的な制約によって決まっていると考えている。たとえば、人間が作業する場所にそのまま入れる人型ロボットが適している仕事もあれば、複数のアームを持つロボットのほうが効率よく作業できる現場もある。
重要なのは、人間に似ているかどうかではなく、「何をさせるのか」に合わせてロボットの形を決めることだ。
そして最後が「Scale」、つまり大規模展開だ。ここでインテルが強く意識しているのが、「AIをどこで動かすか」という問題になる。
ロボットの判断を支える「10ミリ秒」のエッジAI

ロボットは、周囲を「見て」、AIで状況を「判断し」、その結果に合わせて「動く」。カメラやセンサーで周囲の情報を取得し、AIが状況を判断。その結果をモーターなどの制御に伝える。この処理が遅れると、ロボットは目の前で起きていることに対応できなくなる。
調査では、ロボットの重要な意思決定について、78%のリーダーが100ミリ秒以下の反応速度を求めている。さらに23%は10ミリ秒以下を必要としている。
10ミリ秒は0.01秒だ。人間が意識して操作するにはあまりにも短い時間だが、ロボットが周囲の人や物を認識し、瞬時に動きを変える場合には、このレベルの応答速度が求められることがある。
ここで問題になるのが、クラウドとの通信だ。AIの判断をすべてクラウドに任せる場合、ロボットが取得したデータをネットワーク経由でクラウドへ送り、そこで処理した結果を再びロボットへ返す必要がある。通信環境によっては、この往復に時間がかかる。
そこで重要になるのが「エッジAI」だ。これは、AIの処理をクラウドだけに任せず、ロボットやその近くにあるコンピューターで行う仕組みを指す。
調査では、エッジまたはオンデバイスAIについて、明確な戦略を策定し、予算を確保している企業は42%。39%は現在開発中だった。インテルは、この領域をハードウェアとソフトウェアの両方から支えようとしている。AI処理を担うプロセッサーに加えて、「Intel Robotics AI Suite」や「OpenVINO Physical AI tools」などを用意し、AIモデルを実際のロボットや現場にあるコンピューターへ展開する環境を整えている。
特にOpenVINOは、AIモデルを研究開発の段階から実際のデバイスへ持っていくためのソフトウェア基盤として位置付けられる。研究室では高性能に動いていたAIモデルでも、実際のロボットに搭載すると、処理性能や消費電力、メモリ容量などの制約が出てくる。現場のネットワーク環境も、常に安定しているとは限らない。
そのため、AIモデルを実際に使うハードウェアに合わせて調整し、ロボットの近くで動かせるようにすることが重要になる。インテルにとってOpenVINOは、AIを作る段階と、AIを実際の現場で動かす段階の間をつなぐ役割を担う。
インテルがロボティクスについて考えているのは、最新のロボットを1台作って終わる未来ではなく、人間とロボットが同じ職場で働くための戦略を作り、AIと現場の両方を理解できる人材を育て、安全性を設計段階から組み込むこと。そして、仕事に合ったロボットを選び、10ミリ秒単位の判断を支えられるエッジAI環境を整え、1台の実証実験から複数の現場へ広げていく。
調査では、こうした準備の遅れが特に目立つ分野も明らかになっている。国防分野では94%がロボットを導入できるという自信を示している一方、正式な戦略を持つ企業は46%にとどまり、48ポイントの差がある。
製造業は以前から産業用ロボットを使ってきたことから、導入では先行している。小売やヘルスケアでも、実証実験から実際の業務への組み込みへと進みつつある。
インテルが今回の調査で示したのは、ロボットそのものの性能だけでは、これからのロボット活用は決まらないということだ。Physical AIが広がれば、ロボットは決められた動きを繰り返す機械から、周囲の状況を理解しながら判断する機械へと変わっていく。
そのとき企業に問われるのは、「ロボットを導入できるか」だけではなく、ロボットを安全に動かし、人間と一緒に働かせ、AIを現場で処理し、さらに何十台、何百台と増やしていける環境を作れるかーー。インテルは、ロボティクスの次の競争を、ロボットの性能だけでなく、導入したロボットを実際の仕事で使い続け、さらに増やしていくための仕組みづくりまで含めた競争として捉えている。
(画像提供:Intel)



