
インテルは7月23日、東京都内でロボティクス(ロボット技術)とフィジカルAIに特化したイベント「インテル・ロボティクス・ワークショップ2026」を開催した。
PC向けプロセッサのメーカーとして知られる同社だが、ロボティクスとの関わりは40年以上に及ぶ。イベントでは、同社が産業現場で培ってきた技術を、現実世界で動く「フィジカルAI」へつなげていく取り組みが紹介された。
生成AIの次は「動くAI」へ。インテルが最大180TOPSのPanther LakeでフィジカルAIを加速

フィジカルAIは、AIがデジタル空間の中で情報を処理するだけでなく、カメラやセンサーから現実世界の状況を読み取り、ロボットなどの機械を動かす技術だ。
生成AIの普及でAIの計算能力が注目される一方で、ロボットには別の難しさがある。目の前の状況を認識し、判断し、その結果をすぐ動作へ反映しなければならないからだ。
たとえば、人型ロボットが人間から指示を受けて物を取る場合、カメラで周囲を確認し、対象物を見つけ、指示の意味を理解し、動きを決め、モーターを動かす。こうした処理が少しでも遅れれば、ロボットの動作にもズレが生じる。インテルはこうしたフィジカルAI特有の要求に対して、プロセッサだけでなく、通信やソフトウェア、開発環境まで含めて対応する姿勢を示している。
インテルとロボティクスの関係は長い。工場の設備を制御するPLCなどにはPCベースのコンピューターが使われており、インテルはそのCPUなどを40年以上にわたって供給してきた。同社によると、世界の主要なインフラや製造現場の90%以上ですでにインテルの技術が使われているという。

こうした現場にAIを組み込むためのプロセッサとして紹介されたのが、「Core Ultra シリーズ3プロセッサ」、開発コード名「Panther Lake」だ。
Panther Lakeは、CPU、GPU、NPU(AI専用プロセッサ)を1つのSoCにまとめた構成を採用する。システム全体で最大180TOPSのAI演算性能を発揮し、第1世代のCore Ultraプロセッサと比べてGPU性能は6倍以上、NPU性能は4倍以上に向上している。CPUだけですべての処理を行うのではなく、画像処理などを得意とするGPUやAI推論に向いたNPUを使い分けることで、ロボットに必要な処理を1台のシステムにまとめやすくしている。
性能評価では、画像処理や大規模言語モデル(LLM)、視覚・言語・行動を組み合わせたVLA(Vision-Language-Action)モデルなどで、NVIDIAの組み込み向けAIボード「Jetson AGX Orin」に対して1.7倍から最大4.5倍の性能を発揮したという。
VLAは、カメラなどから得た映像、人間からの言葉による指示、ロボットの動作を組み合わせるAIモデル。ロボットが周囲を「見て」、指示を「理解し」、その内容に合わせて「動く」という一連の処理を担う。
こうしたAI処理とロボット制御を1枚のボードにまとめられることも、Panther Lakeを使うメリットのひとつになる。従来は、AI推論用とロボットの動作制御用に別々のコンピューターを用意するケースもあったが、システムをまとめられれば、機器の小型化や省電力化、TCO(総保有コスト)の削減につながる。

ただ、ロボットに必要なのは計算速度だけではない。インテルが打ち出しているのが、「時間を正確に扱う」という考え方だ。そのための技術が、TSN(Time-Sensitive Networking)とTCC(Time Coordinated Computing)である。
TSNはネットワーク通信のタイミングを管理し、必要なデータを決められた時間に届けるための技術。TCCは、コンピューター内部の処理タイミングを同期・管理する技術だ。一般的なPCでは、処理が数ミリ秒遅れても大きな問題にならない場面が多いが、ロボットとなると話が変わる。
たとえば走行中のロボットが障害物を認識したとき、「止まる」という判断が出ても、その信号がモーターに届くまでに時間がかかれば、停止位置が変わってしまう。工場などで人とロボットが一緒に作業する場合、こうしたタイミングのズレは安全性にも関わってくる。
フィジカルAIの世界では、「平均的に速い」だけでなく、「決められた時間の中で確実に処理を終える」ことが求められる。TSNとTCCは、通信とコンピューティングの両方から、この時間的な正確さを支える技術だ。

Panther Lakeの製造を支える次世代の半導体製造プロセス「Intel 18A」も、インテルの次世代チップ戦略を語るうえで重要な存在だ。インテルはPCやロボット向けプロセッサに加え、シリコン量子コンピューターの量産化にも18Aを使う方針を示している。さらに、その先には「Intel 14A」も控える。18Aから14Aへと製造技術を進化させながら、PC、ロボット、量子コンピューターなど幅広い分野で半導体の競争力を高めていく考えだ。
OpenVINOやPhysical AI Studioで開発の負担を減らす。G1が実際に歩行
フィジカルAIを実際の現場へ持ち込むには、チップの性能だけでなく、ロボットを開発するためのソフトウェアも重要になる。
ロボットにはカメラ、センサー、モーターなどさまざまな部品が使われており、メーカーや機種が変われば制御方法も変わる。そのたびにソフトウェアを作り直していては、開発に時間がかかる。
インテルが用意している「OpenVINO Physical AI」は、こうした問題に対応するロボティクス向けのオープンソースライブラリだ。
OpenVINOは2018年から提供されているAIモデルの最適化・推論向けソフトウェア基盤で、当初は視覚AIを中心に展開してきた。その後、生成AI向けの「OpenVINO GenAI」へ対応範囲を広げ、現在はロボットのカメラやセンサー、アクチュエーターなどを扱うPhysical AIへと発展している。
OpenVINO Physical AIでは、こうした機器とやり取りするAPIを共通化し、異なるロボットでもプログラムを再利用しやすくする。ロボットの機種が変わっても、これまで作ったソフトウェア資産を活用しやすくなるわけだ。
インテルは特定メーカーの製品だけに閉じた環境ではなく、さまざまなハードウェアやソフトウェアを組み合わせられるオープンなエコシステムを目指している。OPC UAなどの標準規格にも対応し、既存の工場設備やシステムを生かしながらAIを組み込める環境を整えている。
ソフトウェア群には「Intel Geti」や「OpenVINO GenAI」もある。Getiは視覚AIモデルの開発やファインチューニングを効率化するためのツール、OpenVINO GenAIは生成AIモデルをエッジ環境で効率よく動かすための基盤として位置づけられている。
ロボットアームを実際に操作したよ。
— NANA (@NANA_CoRRiENTE) July 23, 2026
これを50〜100回くらい繰り返すとロボットが何をすればいいのか覚えて動作してくれるようになります。そのティーチングの様子です pic.twitter.com/DSplpb5pKI
さらに、ロボットに新しい動作を覚えさせる開発環境として「Physical AI Studio」も用意する。Physical AI StudioはDocker環境で動作し、ブラウザからGUIを使って操作できる。プロジェクトを作成し、ロボットやカメラなどのハードウェアを設定。その後、実際の動作からデータを集め、使用するAIモデルを選び、ファインチューニングを行う。学習したモデルの最適化や検証まで、一連の作業を進められる。
VLAモデルを使った模倣学習にも対応する。人間が行った作業をデータとして集め、その動きをロボットに学習させるといった使い方が想定されている。
こうした環境が整えば、新しい作業を追加するたびにロボットの制御プログラムを一から書く必要がなくなる。ロボット開発の専門家だけでなく、実際に現場で作業する担当者がAIの学習に関わることも考えられる。

今回のイベントでは、こうした技術を実際のロボットで確認できるデモも行われた。登場したのは、Unitree Robotics製の小型ヒューマノイドロボット「Unitree G1」だ。
G1はステージ上を歩き、登壇者との音声対話も披露した。背中にはCore Ultra シリーズ3を搭載した小型PCを背負っており、カメラやセンサー、アクチュエーターなど、ロボットの各部を制御するコンピューターとして使われている。認識、理解、推論、行動という一連の処理を、ロボット自身が背負った小型PCで処理する構成だ。
インテルのテクノロジーを結集したロボティクス・ソリューションを紹介するイベント「インテル・ロボティクス・ワークショップ2026」の取材に来ています。
— NANA (@NANA_CoRRiENTE) July 23, 2026
冒頭にロボットが登場。本来は自律して歩けるそうです。デプスを測れるステレオカメラなどさまざまコンポーネント等を実装しています。 pic.twitter.com/FGbhi8TP9z
なお、今回の歩行デモでは安全を考慮し、リモコンによる手動操作が行われた。G1は約40kgの重量があり、万一転倒して観客に接触するリスクを避けるためだという。
それでも、PC向けプロセッサとして開発されてきたCore Ultraが小型PCに搭載され、そのPCを人型ロボットが背負って実際に動く姿は、フィジカルAIがどこへ向かおうとしているのかを分かりやすく示すものだった。

インテルのリッキー・ワッツ氏が強調したのは、技術そのものよりも、それを使って何を実現するのかという「アウトカム(成果)」。工場や物流、医療、サービス、小売など、すでにインテルの技術が使われている場所へAIを組み込み、既存の設備やインフラを生かしながら自動化を進めていく。すべてを新しいシステムへ置き換えるのではなく、現在ある環境にAIの能力を加えていく考え方だ。
その先に見据えるのが、人間とロボットが同じ現場で働く「人間中心」の環境だ。AIにすべてを任せるのではなく、ロボットが状況を理解して人間の作業を支援し、重要な判断には人間が関わる。
日本では2040年までにロボット市場で大きなシェアを獲得する目標が掲げられており、インテルも日本企業との連携をさらに深める方針を示している。
「インテル、入ってる」というキャッチコピーで長らくPCの内部を支えてきた同社だが、フィジカルAIの時代には、その「入っている場所」が工場の制御装置やロボットの背中へ広がっていく。
最大180TOPSのAI性能を持つPanther Lake、通信と演算のタイミングを管理するTSNとTCC、そしてOpenVINOやPhysical AI Studioといった開発環境。今回のワークショップでインテルが示したのは、AIチップの性能競争だけではなく、認識から判断、動作までを現場で成立させるための環境をまとめて整えていく方向性だった。
PCで培った40年以上のロボティクスの経験を、生成AI時代の技術とどう組み合わせていくのか。インテルの次の舞台は、データセンターやPCの中だけでなく、人や機械が実際に動く工場や街へと広がろうとしている。





