
日本HPと楽天グループは7月29日、日本国内で販売するHP製PC向けに「Rakuten AI for Desktop」の提供を開始すると発表した。法人向けHP製PCでは同日から提供を開始し、コンシューマー向けモデルについては2026年10月以降の提供を予定している。
「Rakuten AI for Desktop」は、楽天が開発したAIアプリケーションをHPのAI PCに組み込み、PC本体でAI処理を行うオンデバイスAIと、インターネット上のクラウドAIを用途に応じて使い分けられる環境を提供するものだ。
オンデバイス側では、楽天が開発した日本語向けLLM(大規模言語モデル)「Rakuten AI 7B」をベースに、HP AI PC向けに最適化した「Rakuten AI 7B ONNX」を利用する。クラウド側では「Rakuten AI」が提供する各種AIエージェントや、楽天市場、楽天トラベル、楽天モバイルなど70を超える楽天エコシステムのサービスと連携できる。
PCの中で文章の要約や翻訳といった処理を完結させる使い方と、クラウドにつないで楽天のサービスを利用したり、より複雑な処理をAIに任せたりする使い方を、1つの環境にまとめた形だ。
HPが考える「AI PC」の次の段階。楽天との協業でAI導入のハードルを下げる

今回の取り組みについて、日本HP代表取締役社長執行役員の岡戸伸樹氏は、単にPCにAIソフトを搭載するだけの話ではないと説明した。
日本HPはこれまで、働く場所がオフィスから離れても生産性を維持できる環境を提供してきた。岡戸氏は、その取り組みを「安心・安全」「通信」「AI」という3つの段階で説明する。
最初の段階が、セキュリティを含む安心・安全な仕事環境だ。HP Wolf Securityなどによって、外出先や社外からでも安全にPCを利用できる環境を整えてきた。次の段階が通信で、モバイル通信に対応したPCなどを通じ、場所を問わずネットワークにつながり、仕事ができる環境を提供してきた。そして今回、そこにAIが加わる。
岡戸氏は、AIを十分に活用するにはクラウドだけでなく、PCに搭載されたAI処理能力も使うことが重要だと説明する。
クラウドAIは、広範な知識を必要とする処理や大規模な分析などを得意とする。一方、オンデバイスAIはインターネット接続がなくても動作でき、低遅延で処理できるほか、データをPCの外へ送らずに済むためプライバシーにも配慮しやすい。クラウドへの通信量を減らせるため、コストを抑えられる可能性もある。
どちらか一方が優れているということではなく、処理する内容に応じて両者を使い分ける。日本HPが今回の協業で打ち出す「ハイブリッドAI」は、そうした考え方に基づくものだ。
背景には、AIの利用が広がる一方で、企業が導入コストや情報管理を気にせずAIを使える環境をどう作るかという課題がある。

法人ユーザーにとっては、AIを導入するために新たなサービスを探し、アカウントを作り、使い方を覚えるという手間もある。そこで日本HPは、普段使っているPCに「Rakuten AI for Desktop」をプリバンドルし、まずAIを試してもらう。そこから日々の業務の中に自然にAIを取り入れてもらうことを狙っている。
岡戸氏は、今回の取り組みについて、法人ユーザーにとって特に重要なのはAI導入のハードルを下げることだと説明。「普段使っているPCの上で、まずは『Rakuten AI for Desktop』を試していただく。そして、その先として日々の業務において、自然にAIを活用いただく」ことに価値があるとした。
例えば、営業担当者が移動中に資料を整理したり、文章を作成したりする作業はオンデバイスAIで処理し、出張先のホテルを探して予約するといった作業はクラウド上の楽天エージェントに任せる、といった使い方が考えられる。
発表会では、楽天トラベルと連携した出張のデモも披露された。AIとの対話を入り口に、旅行や出張の計画を立て、必要なサービスにつなげるという、楽天エコシステムとの連携を生かした使い方だ。
日本HPと楽天の協業は、両社の強みを組み合わせることにも意味がある。楽天は日本語に最適化したAI技術と70を超えるサービスを持ち、日本HPはPCのハードウェアやAI PC、セキュリティ技術を持つ。両社はそれぞれの技術を組み合わせることで、AIをPCの中だけで完結させるのでも、クラウドに全面的に依存するのでもない環境を目指している。
なぜオンデバイスAIなのか。楽天が語った3つの理由

楽天側の説明では、オンデバイスAIを重視する理由として、通信環境、コスト、処理速度の3点が挙げられた。
楽天のChief AI & Data Officer(CAIDO)であるティン・ツアイ氏は、自身の経験として、機内Wi-Fiが使えない環境でもノートPCを使って日本語学習ができたことを紹介した。小さなAIモデルでも、大きなモデルと同等の精度を目指して最適化し、PCの処理能力を活用することで、特定の用途では十分な速度でAIを利用できるという。
AIの利用が広がるにつれて、クラウドAIの利用コストが増えることも課題になる。クラウドAIは利用するトークン量に応じてコストが発生するため、利用量が増えれば企業側の負担も増える。
一方、企業や個人の手元には、すでにPCやサーバーがある。そこに搭載されたCPU、GPU、NPUの処理能力をAIに活用すれば、クラウドへの依存を減らせる。
画像や動画などのデータを扱う場合も、すべてをクラウドへ送信して処理結果を受け取るより、PC上で処理できれば通信にかかる時間を短縮できる。低遅延という点でもオンデバイスAIには利点がある。
Cai氏は、最近のノートPCにはCPUやGPUに加えてNPUも搭載されるようになった一方、ソフトウェア側では、まだそのハードウェア性能を十分に活用し切れていないとの考えを示した。

オンデバイスAIの価値は、コスト削減やプライバシー保護だけではない。PC上にAIモデルを置くことで、ユーザーの手元にある「ローカルコンテキスト」を活用できる点も大きいという。ユーザーが何をしているのか、どのような環境にいるのかといった情報をPC上で処理できれば、AIに同じことを何度も説明しなくても、作業内容に合わせた支援を提供しやすくなる。
今回の「Rakuten AI for Desktop」は、こうしたオンデバイスAIの利点をHPのAI PCで引き出すため、アプリケーションやAIモデルだけでなく、OSやハードウェアまで含めて最適化している。
楽天側は、言語モデルの開発だけでなく、ノートPC上のニューラルネットワークフレームワークに合わせた事前学習の継続や、HP PC向けの最適化も実施したと説明する。
AIモデルをPCに搭載するだけなら話は簡単だが、実際に使いやすいサービスにするには、アプリケーション、ユーザーインターフェース、OS、ハードウェアを一体として動かす必要がある。今回の協業では、これらを組み合わせて安定したAI体験を提供することを目指している。

オンデバイスで動作する「Rakuten AI 7B」は、楽天グループが開発した70億パラメータの日本語向け大規模言語モデル(LLM)だ。オープンLLM「Mistral-7B-v0.1」をベースに追加学習を行い、日本の言語や文化、価値観などを理解できるよう設計されている。
学習には、楽天独自のマルチノードGPUクラスタと、日本語・英語の大規模インターネットデータセットを活用。データには独自の多段階フィルタリングやアノテーションを施し、品質を高めている。
日本語処理では、独自に拡張した形態素解析器を採用した。1つのトークンでより多くの日本語文字を扱えるため、学習や推論の効率を向上させているという。
HP AI PC向けに提供される「Rakuten AI 7B ONNX」は、このモデルをベースに追加学習やファインチューニング、量子化などを行い、オンデバイス環境で高速に動作するよう最適化した専用モデルとなる。
PCの作業中にAIを呼び出せる。「Rakuten AI for Desktop」が変えるAIの使い方

「Rakuten AI for Desktop」は、国内の対象HP製Windows PCにプリバンドルされる。対象となるのは、ゲーミングPC、シンクライアント、一部のワークステーションを除くHP製Windows PCだ。
法人向けは2026年7月29日から提供を開始し、コンシューマー向けには2026年10月以降の提供を予定している。
購入後にアプリケーションを有効化することで利用を開始できる。プリバンドルでの提供は現時点では日本国内のHP製PCに限定される。
オンデバイスモードでは、HP AI PCに搭載されたAI演算能力を利用して「Rakuten AI 7B ONNX」を実行する。インターネット接続を必要とせず、文章のリライト、要約、翻訳などをPC上で処理できる。
ローカル環境で処理するため、機密性の高い資料を扱う場合にも使いやすい。低遅延で動作することに加え、クラウドへデータを送信する必要がないため、プライバシーにも配慮できる。HP Wolf SecurityもAIワークロードを含むPC環境の安全性を支える。
クラウドモードでは、「Rakuten AI」が提供する専門AIエージェントや楽天エコシステムと連携する。
専用のAIチャット画面から「楽天市場」「楽天トラベル」「楽天モバイル」「楽天ミュージック」「楽天PointClub」などについて問い合わせることができる。買い物や旅行の計画・予約、楽天モバイルの利用案内、「楽天ポイント」の残高確認など、楽天の各種サービスをAIから利用できる。
クラウドモードでは、このほか検索、画像生成、動画生成、ボイスメモ、コーディング支援、問題解決といった機能にも対応する。
検索では必要な情報を調べて整理し、画像生成では入力したテキストからオリジナル画像を作成できる。動画生成では短いAI動画を作成でき、ボイスメモでは音声入力を整理してメモや振り返り、要約として保存できる。コーディング支援ではコードの説明やデバッグをサポートする。
楽天のサービスでは、「楽天市場」の商品検索やレコメンド、「楽天トラベル」の宿泊施設検索・提案・予約、「楽天ミュージック」の音楽検索やおすすめ、「楽天モバイル」の案内、「楽天PointClub」のポイント残高確認などに対応する。
さらに、アニメやマンガについて会話したり作品を推薦したりする「アニメ・マンガトークパートナー」、目標設定やモチベーション維持、キャリア形成や自己成長を支援する「みちびきコーチ」、旅行や外出、レジャーのアイデアを提案する「旅行サポート」、英語学習を支援する「英語コーチ」も用意される。
このほか、レシピや食材の代替案を提案する「お料理パートナー」、恋愛やコミュニケーションについて助言する「恋愛アドバイザー」、ファッションを提案する「ファッションスタイリスト」、運動習慣づくりを支援する「健康サポートコーチ」、占いを楽しめる「占い師」、ペットの飼育や行動について相談できる「ペットなんでも相談」なども利用できる。
デスクトップ上での操作も、一般的なAIチャットサービスとは少し異なる。タスクバーやスタートメニューから「Rakuten AI」を呼び出せるほか、フローティングアイコンを画面上の好きな場所に配置したり、システムトレイから起動したりできる。
特に使いやすさを意識しているのが「コンテキストアクションバー」だ。例えば、PC上で文章を選択して「書き直して」「翻訳して」と指示すれば、別のAIサービスを開いて文章をコピー&ペーストする必要がない。いま作業している画面の中から、そのままAIに処理を依頼できる。

楽天側は、こうした操作を「コンテキスト」の中にAIを置く考え方として説明している。どのアプリケーションを使っていても、フローティングアイコンやシステムトレイからAIを呼び出し、その場の作業を支援してもらえる。
AIを使うために作業をいったん中断し、ブラウザーを開いてAIサービスへ移動するのではなく、PC上の仕事の流れの中にAIを組み込む。今回の取り組みでは、AIモデルの性能だけでなく、こうした使い勝手の部分まで含めてHP PC向けに設計されている。
楽天側は今回の提供開始を、HP PCと楽天AIを統合するための重要な節目と位置付けている。今後はHP PCとの連携をさらに深め、PC上にある情報や利用状況などのローカルコンテキストを活用し、ユーザーがその時々に必要とする作業をより少ない操作で支援できる環境を目指す。
日本HPと楽天が今回提供するのは、「AI PC」というハードウェアにAIアプリを付け加えたものではない。PCのCPU、GPU、NPUを使ってローカルでAIを動かしながら、必要な場面ではクラウドにつなぎ、さらに楽天のサービスまでAIから利用する。AIをPCの中だけで完結させるのでも、クラウドに全面的に依存するのでもなく、用途に応じて両者を行き来する環境を作ろうとしている。
まずは法人向けPCから始まり、秋には個人向けPCにも広がる予定だ。AI PCが「AIを搭載したPC」というハードウェアの説明から、実際にユーザーが毎日の仕事や生活でAIを使うための環境へ移っていくなかで、日本HPと楽天がどこまでこのハイブリッドAIを定着させられるかが今後の焦点になる。




