ThinkPadを支える「大和研究所」に潜入。冷却・耐久・修理まで徹底検証、AI時代のPCはどう作られているのか

レノボ・ジャパンは2026年9月、神奈川県横浜市にある研究開発拠点「大和研究所」でメディア向けのプレスツアーを開催した。ThinkPadの開発を長年支えてきた大和研究所を公開し、エージェントAIの普及によってPCの使われ方が変わるなかで、同社がどのような技術開発を進めているのかを紹介するものだ。

ThinkPadでは、AI処理の性能を高めるだけでなく、バックグラウンドでAIエージェントが動き続ける環境を想定した冷却設計や電力管理、企業での利用を支えるセキュリティ、長期間使い続けるための修理性など、PCそのものの設計を見直している。

今回のツアーでは、2026年モデルに採用された新シャシー「CS26」の開発や「ThinkPad X1 Carbon Gen 14」の冷却技術に加え、耐久性や電波、音響、カメラなどを検証する5つのラボも公開された。

さらに、ThinkPadの修理性を高める取り組みや、山形県米沢市で生産される「米沢生産モデル」の位置づけ、AIエージェント時代を見据えたセキュリティ対策についても説明された。2027年にはThinkPadが誕生35周年を迎えることから、過去の周年モデルを振り返りながら、現在検討されている35周年モデルについても話を聞いた。

本稿では、今回のプレスツアーで公開された大和研究所の開発現場を通じて、エージェントAI時代に向けてThinkPadがどのように進化しているのかを紹介したい。

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AIエージェント時代、ThinkPadの設計はどう変わる?

ThinkPadの歴史は1985年、日本IBMの大和事業所から始まった。ここで培われた技術や開発の土台が、現在のThinkPadにも受け継がれている。1992年には初代「ThinkPad 700C」が登場し、その後も大和研究所はThinkPadの開発を長く支えてきた。

Lenovoへの経営体制移行後も、日本のエンジニアが設計を担う体制は続いている。ThinkPadはこれまで世界中で使われるビジネスノートPCとして規模を広げ、2026年6月には累計出荷台数が約2億5000万台を突破した。

レノボ・ジャパン合同会社 Executive Director ThinkPad Engineering 大和研究所 加藤敬幸氏

現在のThinkPad開発は、複数の拠点が役割を分担するグローバルな体制になっている。米国がマーケティングや製品企画、中国が資本面を担い、日本の大和研究所が研究開発を担当する。製造については海外のODMメーカーに委託するほか、山形県のNECパーソナルコンピュータ(NECPC)米沢事業所でも行われている。

そうしたThinkPadを取り巻く環境が「AI」によって変わりつつある。これまでのAIは、人間が質問を入力し、それに対して回答を返す使い方が中心だったが、現在はAI自身が状況を判断し、コードを書いたり外部サービスやデータベースへ接続したりしながら、複数の作業を進める「エージェントAI」が広がりつつある。

エージェントAIを利用するうえでは、処理をクラウドに頼る方法に課題がある。通信による遅延や情報漏洩のリスクがあり、トークンの利用量も増えていく。説明では、今後10年間でトークン利用量が30倍に拡大すると予測されているという。そこで、PC側でAI処理を行うオンデバイスAIとクラウドを組み合わせた「ハイブリッドAI」が重要になる。

一方、AIエージェントがユーザーの操作していない時間にもバックグラウンドで動き続けるようになると、PCには長時間の熱や電力負荷がかかる。大和研究所では、エージェントAI時代のPCが抱える課題として、熱・電力負荷に加え、メモリやストレージ価格の高騰、企業における運用管理の複雑化、セキュリティガバナンスへの対応を挙げている。

そこで2026年モデルでは、新シャシー「CS26」を開発した。代表的なモデルとなる「ThinkPad X1 Carbon Gen 14」では、AI処理を含む高負荷な作業を長時間続けることを想定し、冷却機構と基板レイアウトを大きく見直している。

内部にはデュアルファンを搭載し、ファンは前世代から約81%大型化した。キーボード側から吸気し、ヒンジや背面側へ効率よく排気する構造とし、基板の配置も含めて冷却経路を作り直している。

メモリにはLPDDR5X-9600を採用し、前世代と比べてCPU性能は約1.8倍、GPU性能は約1.7倍、NPU性能は約1.2倍に向上したという。負荷がかかった際の本体表面温度も抑えられ、Microsoft Teamsでビデオ通話を行った際のファン騒音は、前世代の28dBから25dBへ低減している。

筐体には「Space Frame」構造を採用。OLEDの駆動回路をディスプレイ下部の首元側へ配置することで画面部分を薄くし、キーボードをディスプレイ側へ寄せることでタッチパッドの面積も広げた。素材にはカーボンファイバー、マグネシウム合金、アルミニウム合金を使用し、ベースプレートは従来のステンレスからアルミニウムへ変更。重量は約977gに収めている。

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落とす、曲げる、揺らす。5つのラボでThinkPadの「壊れ方」を再現

大和研究所では、製品の設計だけでなく、実際の使われ方を想定した試験も行っている。今回のプレスツアーでは、「堅牢性・耐久性設計ラボ」「耐久設計ラボ」「電波・信頼性設計ラボ」「無線・音響設計ラボ」「カメラ設計ラボ」という5つのラボが公開された。

「堅牢性・耐久性設計ラボ」では、PCを日常的に持ち歩く際に加わる衝撃や圧力を再現する。加圧振動試験は、米国の大学生から寄せられた「教科書や本を入れたリュックにPCを入れ、自転車で通学していたら故障した」という声がきっかけになったという。PCに約3kgの荷重をかけ、振動を同時に加えることで、荷重と振動が重なった状態での耐久性を確認する。

薄型化したノートPCでは、持ち方によって筐体に力が集中することもある。そこで、ディスプレイを開いた状態で画面の端を片手で持ち、そのまま歩く「片手持ち歩き試験」も実施している。筐体がどの程度たわむのか、内部にどのような応力が加わるのかを測定し、薄型化と強度のバランスを確認する。

自由落下や角落下試験の後には、X線CTを使って内部を撮影する。PCを分解しなくても内部のネジやケーブルなどが外れていないか確認できるため、試験による内部への影響を詳しく調べられる。天板や液晶に指先や手のひらを押し付ける状況を再現したLCDストレス試験や、粉塵が内部へ入った場合の試験も行われている。

「耐久設計ラボ」では、ヒンジなどの可動部分を中心に検証する。ThinkPadで重視されているのが、ディスプレイを片手で開ける「ワンハンドオープン」だ。機械アームを使って両手で開ける場合や片側から開ける場合など、さまざまな開閉パターンを再現し、ヒンジのトルクを調整している。

2-in-1モデルには「アメージングヒンジ2 (Amasync Hinge 2)」と呼ばれる2つのヒンジを連動させた機構も採用されている。2つのヒンジが段階的に動くことで、画面占有率を高めながらコンパクトな筐体にまとめる設計だ。ディスプレイの開閉や回転を繰り返し、ヒンジだけでなく基板やケーブルにかかる負荷も確認する。

「電波・信頼性設計ラボ」では、温度や湿度の変化、電磁波などを検証する。恒温恒湿試験では、輸送中の貨物室や屋外から室内へ移動した際の環境変化などを再現する。動作保証温度の10~35℃を超える環境でも動作を確認し、ブルースクリーンやPOSTエラーが発生しないかを調べるほか、急激な温度変化を再現する冷熱衝撃試験も行う。

EMC試験では、PCから発生する電磁波ノイズを測定し、日本のVCCIなど各国の規格に適合しているかを確認する。

「無線・音響設計ラボ」には電波暗室があり、外部からの電波を遮断した環境でPCを回転させながら、4G/5GやWi-Fiの受信感度を全方向から測定する。最新モデルではWi-Fiアンテナをディスプレイからヒンジ付近や排気口付近へ移動しているが、筐体内部のレイアウトが変わっても受信品質を維持できるよう検証を重ねている。

同じラボにある半無響室では、スピーカーやマイク、冷却ファン、ACアダプターなどの音を測定する。今回のツアーでは、ヘッドセットのマイクとPC本体のマイクとの距離の違いを利用し、話者の声と周囲の騒音を識別して外部ノイズを抑えるノイズキャンセリング技術のデモも行われた。

「カメラ設計ラボ」では、オンライン会議の普及に合わせてPCカメラの画質を検証している。スマートフォンに使われるカメラに近い大型CMOSセンサーを搭載した「BIG EYE」カメラモジュールでは、肌の色が異なるマネキンを使い、人物を自然に映せるかを確認している。

広角カメラでは画面端の人物ほど顔や体が歪んで見えやすいため、人物の歪みを抑える処理や、身振り手振りを自然に伝えるための補正も検証している。VCX Forumのベンチマークでは、MacBookシリーズを上回り、Surface Pro 11とトップを争う水準に達しているという。

「壊れたら交換」から「壊れた部分だけ直す」

ThinkPadでは、長く使うことを考えた修理性の向上も進めている。

最新のX1シリーズでは、専用工具を使ってキートップを1個単位で交換できるようになった。以前はキートップが壊れたり文字が擦れたりした場合でも、キーボードやCカバー全体を交換する必要があった。キーだけを交換できれば、修理に必要な部品や作業時間を抑えられ、廃棄する部品も少なくなる。

USB Type-Cポートもモジュール化されており、故障した場合にメインボードごと交換せず、ポートユニットだけを交換できる。

バッテリーについても、底面カバーを外した後に特殊な工具を使わず交換できる構造が採用されている。

「ThinkPad T14 Gen 7」では、底面カバーのネジを外すとバッテリーを取り外せるスクリューレス構造を採用し、ユーザー自身で交換できるCRUとして扱っている。USB Type-Cポートも2~3本のネジを外してモジュール単位で交換でき、Commercial Vantageからポートの故障をセルフ診断することも可能だ。

メモリにはLPCAMM2を採用し、DIMMに近い感覚で着脱できる構造とした。SSD、WWANモジュール、SIMトレイ、キーボード、冷却ファンなどにもアクセスしやすくしている。こうした修理性が評価され、T14 Gen 7はiFixitの修理性評価でPC史上初となる10点満点を獲得した。

セキュリティについても、AIエージェントの普及を見据えた設計が進んでいる。Lenovoでは、ハードウェアからファームウェア、OSより下の層、サプライチェーン、AIエージェント、企業内のデバイス管理までを含めた5層のセキュリティを構築している。

最下層にあるのが「Hardware Root of Trust」だ。BIOS/UEFIなどのファームウェアを大和研究所で開発し、第三者機関によるセキュリティ評価も受けている。その上ではThinkShieldを使ったファームウェア検証やアテステーション、部品調達から製造、出荷までのサプライチェーン管理を行う。

ファームウェアにはNIST SP800-193に沿った自己回復機能を搭載し、改ざんなどが発生した場合に復旧できるようにしている。「Tamper Detection」では筐体が開けられたことを検知し、「BIOS Event Log」では設定変更や起動などのイベントを記録する。「ThinkShield Wipe System Data」では、OSのリカバリーだけでは消去できないファームウェア層のデータまで消去でき、TPMや指紋認証に関するデータも対象になる。

AIエージェントに対しては、人間以外のIDも信頼せずに扱うゼロトラストの考え方を取り入れ、サンドボックス化や緊急停止といった仕組みを用意する。企業の端末管理には「Lenovo Device Orchestration(LDO)」を用い、複数のPCの状態やセキュリティ状況を一元的に管理できる。パッチの適用状況を確認したり、USB Type-Cポートなどの状態を遠隔から診断したりすることも可能だ。

2027年は35周年。次の記念モデルは「絶賛検討中」

ThinkPadには、海外で生産されるモデルと、山形県米沢市のNECPC米沢事業所で生産される「米沢生産モデル」がある。海外生産モデルは主に中国などの海外ODMメーカーに製造を委託している。一方、米沢生産モデルでは、大和研究所による日本での設計・開発から、国内での組み立て、出荷までを行う。

レノボの直販サイトなどでは対象モデルに「米沢生産モデル」と明記されており、これまで記念モデルや一部の国内向けカスタマイズモデルなどで採用されてきた。20周年モデルや30周年モデルの日本向けモデルでも米沢生産が採用されている。

ThinkPadの2016・2017・2018年モデル

ThinkPadは2027年に誕生35周年を迎える。これまで15周年、20周年、25周年、30周年と5年ごとに記念モデルが登場してきた。

2007年の15周年モデルは「ThinkPad X61s」をベースに、パームレストやベゼルにピーチスキン仕上げを施し、記念ロゴを配置。海外では手作りのレザーカバーを付属した「Reserve Edition」も用意された。

2012年の20周年モデルは初代「ThinkPad X1 Carbon」をベースに、ヒンジ部分へシリアル番号を刻印したほか、オリジナルコンテンツを収録。松花堂弁当をイメージした箸や風呂敷、手作りケースなども付属した。日本向けモデルはNECPC米沢事業所で生産された。

2017年の25周年モデル「ThinkPad 25」では、2012年に廃止された7列キーボードが復活した。「Pad」の文字をRGBカラーにしたロゴも採用され、日本向けには日本語キーボードを搭載したモデルが用意された。

2022年の30周年モデルは「ThinkPad X1 Carbon Gen 10」をベースに、シリアル番号の刻印やRGBカラーのロゴを採用。日本向けの米沢生産モデルには、赤・緑・青の3色のTrackPointキャップが付属した。

レノボ・ジャパン合同会社 執行役員 副社長 開発担当 塚本泰通氏

では、2027年の35周年モデルはどうなるのか。2026年9月の説明会でレノボ・ジャパンの塚本泰通副社長に聞いたところ、現時点では「絶賛検討中」とのことだった。

ThinkPadは日本で生まれたブランドということもあり、日本の企画チームからは35周年に合わせて何か取り組みたいという声が出ているという。製品だけでなく、イベントなども含めてアイデアを検討している段階だ。

25周年モデルでは7列キーボードが復活したことから、35周年モデルについても往年のThinkPadを知るユーザーからさまざまな期待が寄せられそうだ。ただ、現時点では具体的な製品仕様や発売時期は明らかにされていない。

今回の大和研究所のプレスツアーでは、エージェントAI時代を見据えた性能や冷却技術だけでなく、PCを長く使うための修理性、企業利用を支えるセキュリティ、そして日常のさまざまな使い方を想定した耐久試験まで、ThinkPadの開発を支える幅広い取り組みが紹介された。

AIエージェントによってPCの使われ方が変わっていく一方で、毎日持ち歩き、長時間使い続ける道具としての信頼性をどう維持するかという課題は残る。2027年の35周年を控え、大和研究所では次の世代に向けたThinkPadの開発が進められている。

Lenovo取材
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