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インテル安生氏に聞く 「AI PCの今後と課題」 。9月発表のSoC 「Lunar Lake」 についても聞いてみた

インテル株式会社 技術本部 部長 工学博士 安生健一朗氏

インテルは昨年12月、NPUを搭載した最新プロセッサー 「インテル Core Ultra」 を発表した。

AI処理に特化したパフォーマンスや優れた省電力性などを特長とした同プロセッサについて、インテルは 「過去40年間で最大のアーキテクチャー変革」 と表現する。同プロセッサーを搭載したAI PCが続々と登場しており、インテルは2025年までに世界で1億台の販売を見込む。

そんなインテルの最新情報について、今回、インテル株式会社 技術本部 部長 工学博士の安生健一朗氏 (以下、安生氏) にインタビューする機会に恵まれた。AI PCの現状や、2024年9月4日に発表予定の次世代SoC 「Lunar Lake」 について詳しいお話を聞くことができたので、本稿ではその内容をお伝えしたいと思う。

ーーー安生さん、本日はよろしくお願いします。さっそくですが 「AI PC」 や 「Copilot」 の世間の知名度はだいぶ高くなってきたかなと感じていますが、安生さんはどのように感じていますか?

安生氏:
おそらく皆さん 「キーワードとしては聞いたことがあるけど、どういうものなの?」 という状態で、「AI PC」 という名称こそ広まってきているけど、まだ世間に浸透するには至っていないのかなと感じています。

というのも、インテルが昨年12月にCore UltraブランドのCPUを発表して、そこから各社さんの新しいPCがどんどん出てきたわけですけど、正直なところ、まだソフトが揃っていなくて。ユーザーとしては、ソフトが徐々に増えてその良さを体感することで、初めて本質をしっかりと理解できると思うんです。

AIの使い方としては、一般ユーザーはどちらかといえばカジュアルな使い方が多いとは思うのですが、本当にメリットを享受するのは実は企業だと思うんです。企業にAIの導入をオススメするにあたっては、それこそソフトをきちんと育てて、AIを活用するメリットを感じてもらえるようにならなければいけない。そのフェーズに至るまでには、もう少し時間がかかりそうですね。

ただ、現時点でCore Ultraを搭載したPCは世界で800万台くらいは出荷済みで、ご好評はいただいておりまして。供給が追いつかないくらいの状態にもなっていますので、「徐々に認知され始めてきた」 という感覚はもちろんありますね。

ーーーインテル社内で現時点でCopilotのようなAIを活用している例はありますか?

安生氏:
試験的にAIを採用している部分はもちろんあって、社内でもChatGPTのようなサービスを使って社内で構築したノウハウを検索するというようなサービスは、PoC (概念実証:試作開発の前段階における検証) レベルであるんです。

ただ、インテルは世界中に12万人の従業員を抱える大企業で、かつ工場もあって、あまり細かくは言えないのですがトラディショナルなサービスやサーバーがあったり、サプライチェーンを見ているサービスもあるので、社内のIT環境はすごく慎重に構築されている。そういう事情もあって、大々的に 「じゃあこのAIを使っていきましょう」 というところまでは至っていないですね。

すでに構築された環境に対してAIを導入することの大変さと、あとは企業秘密が社外に流出してはいけないというリスクの中で、どのようにAIを導入し、企業の活動を活性化していくのか。これって、日本においてAIの導入が進まない事例とも重なる部分で、どうしても 「AIって便利だよね、だけど企業として導入するにはリスクが高いよね」 になってしまう。

インテルはAIの使用を推奨する立場ではあって、他の企業よりは多少は導入が進んでいるとは思うんですけれども、そういう課題感もある中で、社内で安心してAIを使える公認の環境という事例を早く作りたいとは思っています。インテルはAIの会社ではないので、AIを専門にしているサービサーさんとかと協力してAIを導入したい、という話は上がってきていますね。

ーーー次世代プロセッサ 「Lunar Lake」 について、ぜひ色々とお聞きしたいと思っています。どのような特長があるのでしょうか?

安生氏:
今回のLunar Lakeは、インテルの 「x86 アーキテクチャ」 の業界内の先入観を覆す電力効率・性能を実現しています。

「x86 アーキテクチャ」 は、業界内では 「電力は消費するけど、性能はいいよね」 という立ち位置だったのが事実です。そこでチップ開発者が、その先入観を覆して、消費電力が少なく性能が高いものをどうやったら実現できるのかを根本から見直して作ったのがLunar Lakeなんです。

実は社内で私が聞いた話では、「Meteor Lake」 (Core Ultraの開発コード名) も割とそういう感じで作ってはいたのですが、あれはまだ発展途上だったと。それを経て、ようやくLunar Lakeという納得のいくものができたと思っています。

AI PCのパフォーマンスを語る上では、「NPU」 というキーワードがMicrosoft主導でどうしても注目を浴びていて、「Copilot+ PC」 にも40TOPS以上のNPUの搭載が必須とされています。

Lunar LakeはNPU性能だけで48TOPS、CPUとGPUも含めてプラットフォーム全体で120TOPSを実現しています。さらに、これを支えるOpenVINOによるアプリケーション開発サポートもあり、これまでのMeteor Lakeで動かしてきたアプリケーションの性能をさらにジャンプさせることができる、こんな位置付けのSoCと私たちは考えています。

ーーーNPUを統合した他社のSoCと比べてどういう違いがあるのでしょうか?

安生氏:
他社さんのSoCも出てきたばかり、もしくはまだ出ていないものもあるので、それに対して一概にLunar Lakeがどういう性能になりますとはお伝えできるフェーズにはないのですが、性能を比較するにあたって、「どのアプリケーションで、どんなベンチマークを」 と考える必要があり、我々インテルとしては同じ土俵で考えにくいというところもあります。

なぜなら、他社さんのSoCで動かしたものはフルでCPU・GPU・NPUを使うことを前提としていないからです。インテルの場合はあくまでも全部使って処理しますというのを前提としているところがあるんですね。

たとえば、これは今年のCOMPUTEXで発表したものですが、CPU・GPU・NPUを活用することで、Meteor Lakeで実現していた 「Stable Diffusion」 (画像生成AIのひとつ) の動作を大体4倍近く高速化できるんです。現時点で性能に関して、具体的な数字が出せるひとつの事例ではあるんですけれども、これが他社さんのSoCと比べてどうなのかというのは、また追って続報をお待ちいただけると嬉しいです。

ーーー 「Copilot+ PC」 として発売した、「Snapdragon X」 シリーズを搭載したPCをこれまでいくつか触ってきましたが、負荷が高い処理をしたときのバッテリー消費はだいぶ減っても、一般的な作業をしたり、アイドル状態のときではこれまでとあまり違いがないかなと個人的には感じています。Lunar Lakeはこのあたりどうでしょうか?

安生氏:
アイドル時の消費電力を大きく下げることにはMeteor Lakeの時点で成功していて、基本的にLunar Lakeはそれを踏襲しています。

その一方で 「アイドル時の消費電力を下げる」 って結構難しいことでして。たとえばノートPCのディスプレイは、画面が何も変わっていないのに無駄にずっとリフレッシュし続けるように、電力を一番消費する部分なんですね。Lunar Lakeでは、そこを改良したディスプレイインターフェイスを導入したりもしていて、そういうメカニズムとか、スマートなインテリジェンスを入れながら、アイドル時に消費電力を下げる工夫をしています。

ただし、本命はやっぱり負荷が高いときの電力を下げること。たとえばこれは新しい仕組みのひとつになりますが、メモリのDRAMへのアクセスのところにキャッシュを持たせて、よくアクセスされるデータのアクセス回数を減らすということをやっています。

あとはメモリもオンパッケージになって、いちいちDRAMの信号がマザーボードに行かなくなることで消費電力を抑えるという仕組みもありますね。

また、これまでは実行するタスクがEコアに振り分けられるのか、Pコアに振り分けられるのかをPCメーカー側ではコントロールできなかったのですが、Thread Director (各スレッドに対してその優先度やリソースの要求を判断して、それぞれを最適なコアに割り当てる技術) と電力制御のドライバーを連動させることで、Thread Directorの大まかな動きをPCメーカー側でコントロールできるようになりました。

これによって何が変わるのかというと、たとえばTeamsで会議をしているときに、最初はEコアで動作していたとしても、途中で処理が足りていないと感じたときにPコアまで使ってしまって、電力を消費しすぎていたケースがあった。これを 「TeamsはEコアしか使わないでね」 と指定することができるようになることで、TeamsはEコアをフルで使ったとしても、Pコアは使わないから、低消費電力で会議ができるようになる。これは結構大きなインパクトがあるんじゃないかと思っています。

あとは製品の良さを語る上で欠かせないのが、グラフィックスの性能ですね。Lunar Lakeには、今後登場する 「バトルメイジ」 という次世代のアーキテクチャが先行して入っています。「Xe2グラフィックス」 と呼ばれるもので、GPUによるAIパフォーマンスは67TOPSを実現しています。

アーキテクチャを大きく変えたというよりは、ビット幅を増やしたり、演算の幅を増やしたりということをやっているのですが、一番大きいのがXMXという行列演算マトリックスです。これが乗ったことによって67TOPSを実現できるようになりました。

AIにはいろんな演算があって、通常のNPUはどちらかというと積和演算と呼ばれている演算を中心に行うんですけど、その中でも主に動画とか静止画みたいなもので取り入れられるような行列演算をここでアクセラレートすることで、GPUでは画像系・動画系を中心にAIを加速させることを前提にする。それを組み合わせて使うことで最大のAIパフォーマンスが出せるよね、という構成になってます。

このように、Lunar Lakeは色々と新しい仕組みを入れています。「Copilot+ PC」 関連のニュースでは 「40TOPS以上のNPU」 がどうしても目立ちがちですけど、色々と工夫があるので、このあたりも注目してもらえると嬉しいですね。

ーーーLunar Lakeの登場により、インテルのNPU搭載プロセッサーは 「Meteor Lake (Core Ultra)」 と 「Lunar Lake」 の2種類になりますが、この2つはどのように棲み分けをしていくことになるんでしょうか?

安生氏:
Meteor LakeとLunar Lakeが狙っているレンジは若干違ってまして、実はLunar Lakeはメモリをオンパッケージにすること自体が良くも悪くもあるんです。

というのも、Lunar Lakeのメモリはどうしてもインテルが調達したものになってしまう。PCメーカーはPCメーカーの戦略でメモリを選ぶことで、コスト的にはトータルで安くできる可能性があって、プラスとしてさらに必要なメモリを必要なレンジに投入できる。

そう考えると、広いレンジの製品が作れるというのがMeteor Lakeの狙っているところで、Lunar Lakeはピンポイントで 「薄軽ノートPCでイノベーションを起こそう!」 と、スイートスポットとしてはすごく薄いレンジを狙っていて、そこにイノベーションやAIのパフォーマンスを盛り込んだものになっています。

Lunar Lakeは企画段階から 「消費電力をいかに下げて薄軽ノートPCを作るか」 というのをゼロベースで考え直した作ったものなので、狙いとしてはそこにあるというところはご理解いただくと、出てきた製品についてもいいものなんじゃないかっていうところは想像つくかなと思います。

ーーー最大のライバルとしてはAppleの 「Appleシリコン」 なのかなというイメージを何となく感じたのですが。

安生氏:
実際にはそういうところではありますね。Appleさんの製品について我々がどうこうとまではなかなか言えないのですが、消費電力を抑えながら性能を出すという視点においては、やっぱりAppleシリコンは非常に良い製品だとは思いますので、それに対してどうキャッチアップするのかというのをひとつの形としてやっていくということはまずは重要だと思います。

そして、「x86 アーキテクチャは消費電力大きいよね」 というイメージを世間に持たれている中で、Lunar Lakeを採用したPCの準備が着々と進んでいるという状況において、さっきお話ししたスイートスポットの薄軽ノートPCが80以上登場するというのはインパクトがあるんじゃないかと思いますね。そういう意味で、ユーザーの皆さんには登場を楽しみにしていただきたいです。

昨年12月開催のデル・テクノロジーズ報道関係者向け新製品発表会にて筆者撮影

ーーー個人的には昨年末のCore Ultraの発表のときに、とてもワクワクしたのを覚えています。いよいよWindows PCが進化するな、新しい時代が来たなと。Lunar Lakeもとても楽しみです。

Lunar Lakeに関しては、2年以上前から 「こういうものを作るんだよ」 と社内のエンジニアたちが熱弁していて、いよいよ発売が近づいてきたので私もワクワクしています。

ただ、知名度のところでもお話ししましたが、インテルとしてはやっぱりソフトが揃っていないと、どんなに良いハードウェアを出しても意味がないと思っています。せっかくLunar Lakeが世の中に出ても、使えるソフトがないと 「じゃあ使えないじゃん」 で終わってしまう。

この点については我々もかなり重要視している部分ではありますので、Core Ultraが出てからのこれまでの期間もそうですし、これからLunar Lakeが発売するまでの期間も、とにかくソフトウェア会社のエンジニアさんたちには新しい魅力を感じてもらって、エンジニア魂に火をつけてもらえるように、そして新しいAI PCの世界観を一緒に作っていってもらえるように、我々としては注力したいと思っています。AIのスタートアップ会社さんとのコラボレーションも強めていきたいですね。

ソフトウェア会社さんと実際に話をしていると、2〜3年後というちょっと遠い未来の話ではなく、明日すぐにでも起こりそうなペースで物事が進んでいて。まだちょっとお伝えできないですが、興味深いお話もたくさん伺ってます。そういう現状も踏まえて、一般ユーザーの皆さんにCore UltraブランドのPCを今入手していただくことの価値っていうのは、かなり高いんじゃないかなと思っています。

今のAIブームに乗っかるわけではないですが、できれば我々を信じていただいて、どのPCを買うのかご検討いただきたいなというのが私からのメッセージです。

ーーー安生さん、本日は貴重なお話の機会をいただきありがとうございました!