
指輪を着けているだけで、日々の会話や思いつきを記録し、あとからAIに整理してもらえる。
そんなコンセプトの指輪型AIデバイスが、日本に上陸する。国内展開を手がけるフォーカルポイントは9月、東京・六本木ヒルズで発表会を開催。シンガポールのGyges Labsが開発した「Vocci(ヴォッチ)」の国内投入を正式に発表した。
「Vocci」は、2026年1月の「CES 2026」で披露された製品だ。海外でも複数のアワードを受賞しており、日本ではクラウドファンディングを通じて国内ユーザーに販売を開始する。
発表会に先駆けて約1週間、実際に「Vocci」を試用することができた。使ってみると、この製品は「録音できる指輪」というだけでは説明しきれない。むしろ、普段の会話や思いつきを記録しておき、あとからAIに自分の生活を振り返らせるための道具と考えたほうが近さそうだと感じた。
AIに足りなかった「ユーザーの記憶」を集める指輪
現在の生成AIは、インターネット上などにある膨大な情報をもとに、文章を書いたり、質問に答えたり、情報を整理したりできる。一方で、「今日誰と会ったのか」「先週の打ち合わせで何を決めたのか」「ふと思いついたアイデアは何だったのか」といった、その人自身の生活に関する情報は基本的に知らない。
「Vocci」が狙っているのは、そこにある空白を埋めることだ。会話や思いつきを音声として記録し、それを文字起こしや要約によって整理。過去に蓄積した情報も含めることで、AIがユーザー自身の行動や考えを理解するための材料を増やしていく。
本製品を開発したGyges Labsは「すべての人をスーパーヒーローにする」という理念を掲げており、社名もギリシャ神話に登場する「ギュゲスの指輪」に由来する。創業メンバーにはスタンフォード大学やUCLAで博士号を取得した研究者のほか、AppleやGoogleで先進ハードウェアやAI開発に携わった人材もいるという。
こうした思想を形にしたのが、指輪型の「Vocci」だ。スマートウォッチのように画面を見ながら情報を操作するのではなく、身につけたまま生活し、必要なときだけ操作して、その日の出来事をあとからAIに扱わせるためのウェアラブルとなっている。
実際に使ってみて良いと思ったのは、性能云々より意識せずとも日常生活に取り入れられること。もっと言うと、「何かを記録しよう」と身構えなくても使えることだった。
本体にはディスプレイがなく、人差し指に装着して側面のボタンを親指で操作する。ダブルタップで録音を開始・停止し、録音中にシングルタップすると、その瞬間を重要な場面として保存できる。長押しすれば専用AI「Vocci AI」を呼び出せる。
録音の開始・停止などは指輪の内側にあるインジケーターライトと振動で知らせる。視線をスマートフォンに落とす必要がないため、会話の途中で操作してもスマートフォンを取り出してメモするより自然だ。
本体素材には航空宇宙グレードのチタンを採用。重量はサイズによって約3~6gと軽く、見た目も一般的な指輪に近い。IP67の防塵・防水性能も備えており、手洗いや日常生活の水濡れをそれほど気にせず装着できる。
録音性能もこのサイズから想像するより本格的だ。最大5m離れた場所から音声を拾えるとしており、1対1の会話だけでなく、複数人での打ち合わせにも対応する。
バッテリーはリング単体で最大約8時間の連続録音が可能。スマートフォンが近くにない状態でも本体にデータを記録できる。付属の充電ケースを使えば約3回のフル充電ができ、最大3日分に相当する駆動時間を確保できるという。急速充電にも対応する。
録音した音声はクラウド側で処理され、100以上の言語に対応。日本語と英語が混ざる会話なども文字起こしできる。
そして、記録した会話は文字にするだけでなく、全体の概要、トピック、チャプター、キーポイント、ToDo、決定事項、未解決事項などに整理される。この部分が「Vocci」を「AIデバイス」と呼ぶ理由だ。
たとえば会議を録音しておけば、「何を話したか」だけでなく、「何が決まり、誰が何をすることになったのか」をあとから確認できる。マークダウン形式での書き出しにも対応し、GmailやOutlookなどの生産性ツールとの連携も用意されている。
さらに興味深いのが「MCP(Model Context Protocol)」への対応だ。「Vocci」に蓄積した会話や記憶を、ChatGPTやClaudeなどの外部AIから利用できる仕組みを用意している。
たとえば、過去の打ち合わせを「Vocci」に記録しておき、その内容を踏まえて「前回決まったことを整理して」「前回の話をもとに次回の企画案を作って」といった使い方ができる。こうなると、「Vocci」は議事録を作るための録音機から、個人の記憶をAIに渡す入口へと役割が変わってくる。
「会議の録音」だけで終わらない。1週間使って考えた活用シーン
では、「Vocci」は実際どんな環境で便利なのだろうか。
たとえば、仕事の打ち合わせは「Vocci」の使いどころのひとつだ。会議中にメモを取ることに集中すると、相手の話を聞き逃すことがある。「Vocci」なら、録音を開始したあと、必要な場面だけシングルタップでハイライトとして残しておける。
会議が終わったあとには、会話そのものを聞き直すだけでなく、AIが整理した決定事項やToDoを確認できるため、議事録をゼロから作る作業を減らすことができる。
海外との打ち合わせにも向いている。100以上の言語に対応しているため、日本語と英語が混ざるような会話でも記録を残せる。海外出張や展示会、取材など、あとから「あの人は何と言っていたか」を確認したくなる場面でも使いやすい。
その一方で、個人的には会議以外のほうが「Vocci」の考え方を理解しやすいと感じる。
たとえば移動中に思いついたアイデアを記録するとき。スマートフォンを取り出してメモアプリを開き、文章にまとめようとすると、その時点で思考が途切れてしまう。「Vocci」なら指輪を2回タップして、そのまま話せばいい。
「あの企画、こういう方向なら面白いかもしれない」と思った瞬間に音声で残しておけば、あとからAIに整理してもらえる。思いつきを文章化して入力する作業までその場でやる必要がない。
友人や家族との会話でも使い道はある。たとえば旅行の相談をしているとき、会話の中には日程や行きたい場所、食べたいものなど、後から必要になる情報がたくさん出てくる。記録を残しておけば、会話を振り返って旅行計画にまとめるといった使い方もできる。
趣味との相性も面白い。ギターの弾き語りなど、あとから文字を読めればいいわけではなく、「そのときの音そのもの」を残しておきたい場面でも、「Vocci」は録音機として使える。
さらに長く使えば、「あの話はいつしたっけ」という記憶の検索にも使えるようになる。日々の会話や思いつきが蓄積されていけば、自分の過去をAIに検索してもらうような使い方が見えてくる。この部分こそ「Vocci」の面白さだと思う。
ICレコーダーなら、録音したファイルを自分で管理しなければならない。文字起こしサービスなら、録音したものをテキストに変換するところが中心になる。「Vocci」は、記録した後の整理や検索、過去の文脈との結び付けまでを最初から意識している。
AI関連のデバイスを使ううえで気になるのがプライバシーだが、「Vocci」はある程度対策済みだ。そもそも「Vocci」は勝手に常時録音するわけではなく、ユーザーがボタンを2度押しして録音を開始する仕組みを採用している。録音中は内側のライトや振動でも知らせるため、「自分が知らないうちに録音されていた」ということにはなりにくい。
記録データは暗号化され、ユーザーのアカウントに紐付けて管理されるほか、GDPRにも準拠している。SOC 2認証についても取得手続きが進められているという。
ただし、指輪という形状だからこそ、周囲の人から録音していることが分かりにくいという問題は残る。会議やインタビュー、友人との会話などで使う場合は、相手に録音することを伝え、必要な同意を得ることが重要だ。録音できるからといって、どこでも自由に使っていいわけではない。
国内でのクラウドファンディングは9月30日午前11時からGREEN FUNDINGで始まる。通常の希望小売価格は49,990円(税込)。今回のクラウドファンディングでは、指のサイズを測る専用キットと、通常月額6,000円相当のプロプラン1カ月分が付属する特別セットを用意し、29,990円から購入できる。
サブスクリプションプランは、無料のスターター、プラス、プロの3種類。スターターは月300分(5時間)の文字起こしと2GBのクラウドストレージを利用できる。プラスは月額3,000円、年払いなら月2,000円相当で、月20時間(1200分)の文字起こしと10GBのクラウドストレージを利用可能だ。プロは月額6,000円、年払いなら月3,750円相当で、優先・無制限の文字起こし枠と20GBのクラウドストレージを利用できる。
日々の会話をAIの「記憶」に変えるーー「Vocci」という新たな記憶野
指輪で録音すること自体は技術としてそれほど新しくないものの、「Vocci」の面白さは、録音した音声を後から聞き返すだけでなく、文字起こしや要約、検索を通じて、過去の会話まで含めてAIに扱わせようとしているところにある。
約1週間使った範囲でも、便利だったシーンは「録音したい」と思った瞬間より、「わざわざスマートフォンを取り出すほどではないけれど、残しておきたい」と思った瞬間だった。移動中のアイデアや何気ない会話など、これまで記録からこぼれていた情報を気軽に残せる。
そうした記録が日々積み重なれば、「あの話はいつしたっけ」と過去を振り返ったり、以前の会話をもとにAIへ相談したりする使い方も見えてくる。
「Vocci」は、録音機能を備えた指輪というより、日常の中で生まれる情報をAIに渡すための入口と考えたほうが分かりやすい。今回の試用では、そこにこれまでのウェアラブルとは違う可能性を感じた。
