
スマートフォンで動画を見る。ゲーム機で遊ぶ。クルマのディスプレイにナビゲーションが表示される。
普段は当たり前に使っている「画面」だが、その裏側では、極めて小さな部品同士を正確につなぐ材料が働いている。そのひとつがデクセリアルズの「異方性導電膜(ACF)」だ。
9月10日、栃木県鹿沼市さつき町にあるデクセリアルズの鹿沼事業所を訪れた。目的は、第2工場の新エリアに建設された新棟「101号館」だ。
101号館は、約300億円を投じて建設された地上3階建ての生産施設。敷地面積は約7万1000平方メートル、延べ床面積は2万4145平方メートル。2023年2月に用地を取得し、2024年9月に着工、2026年6月に建屋が完成した。日本政策投資銀行の「DBJ未来価値共創融資」から30億円を調達するなど、大規模な設備投資となっている。
ここで生産されるのが、同社の主力製品である「ACF」だ。スマートフォンやゲーム機、車載ディスプレイなど現在のデジタル機器を支える材料で、2025年の金額ベースで世界シェア79.4%を占める。101号館は、この「ACF」を安定して供給するための生産拠点である。
今回の取材では、普段は見る機会のない製造ラインだけでなく、本格稼働後には入れなくなる自動冷蔵倉庫の内部も見ることができた。約300億円の投資で工場は何を変えようとしているのか。現場を歩いて分かったことを紹介したい。
(取材協力:デクセリアルズ)
スマホの画面を裏側から支える「ACF」とは何か

まず知っておきたいのが、101号館で作られる「ACF」の役割だ。「ACF」は「Anisotropic Conductive Film」の略で、日本語では「異方性導電膜」と呼ばれる。簡単にいえば、電子部品と基板などを接続するための薄いフィルム状の材料だ。
スマートフォンやゲーム機、車載ディスプレイなどの内部では、ICチップやフレキシブルプリント配線板(FPC)と基板を非常に細かな間隔で接続する必要があり、「ACF」をその接続部分に挟み、熱と圧力を加えることで部品同士を固定できる。
ここで重要なのが、「ACF」が「接着する」と「電気を通す」を同時にこなせること。フィルムの中には、絶縁コートを施した微細な導電粒子が入っている。
そして、接続時に電極同士から圧力が加わると、その部分にある粒子が上下の電極に触れて電気を通す。一方、隣り合う電極の間では粒子が絶縁された状態を保つため、横方向に電気が流れてショートすることを防ぐことができる。
接着剤のように部品を固定しながら、必要な方向には電気を通し、隣の端子には電気を流さない。この性質から、細かな配線を持つディスプレイの実装に欠かせない材料となっている。

デクセリアルズでは、前身のソニーケミカル時代から「ACF」を手がけており、1977年に製品化してから約50年にわたって技術を積み重ねてきた。現在ではスマートフォンをはじめ、ポータブルゲーム機、車載ディスプレイなど幅広い製品に使われている。同社が「ACFがなければ画面に絵が映らない」と説明するのも、決して大げさな話ではない。
デクセリアルズはACFの他にも以下の製品を製造している





- 光学弾性樹脂(SVR):ディスプレイ内部のエアギャップを埋めるUV硬化型の光学透明樹脂
- 光ディスク用紫外線硬化型樹脂:DVDやブルーレイディスク向けのUV硬化型樹脂
- 精密接合用樹脂:紫外線硬化型、熱硬化型、UV+熱のデュアル硬化タイプなどがあり、カメラモジュールなどの高精度な部品固定・貼り合わせに使われる
- 医療用アイシールド材:モスアイ構造の反射防止フィルムを応用した低反射・高透過フィルムで、医療用アイシールドやフェイスシールド向け。全光線透過率98%以上で、反射が少なく曇りにくいのが特徴。
- 反射防止フィルム(ARF):スパッタリングによる無機多層膜タイプのARF。車載ディスプレイ向けAR100シリーズ、ノートPC・スマートフォン向けAR200シリーズなどがある。
10μmの配線をつなぐ「粒子整列型ACF」


「ACF」の世界でデクセリアルズが強みとしているのが「粒子整列型ACF」だ。同社では「アレイフィックス(ArrayFIX)」という名称で展開している。
一般的な「ACF」では、樹脂の中に導電粒子がランダムに分散している。ところが、ディスプレイの高精細化が進み、電極の間隔が狭くなるとここに問題が出てくる。電気を確実に通すために粒子を増やせば、隣の電極にある粒子同士までつながってしまい、ショートする可能性が高くなるからだ。
そこでデクセリアルズは、導電粒子を必要な場所へ規則正しく配置する技術を開発。さらに、接続時に熱や圧力が加わっても粒子が動かないようにする樹脂技術を組み合わせることで、狙った位置に粒子を配置し、その状態を保ったまま部品を接続する。

この技術によって、最小配線間隔10μmという非常に細かな接続に対応する。ここまで細かな接続を安定して作るには、粒子の配置だけでなく、圧着時の温度や圧力、接続抵抗、接着強度などを顧客の仕様に合わせて調整する必要があり、その製造には材料と加工の両方に高度な技術が求められる。特にスマートフォンで普及しているフレキシブルOLEDディスプレイの実装では、同社製品が事実上の世界標準となっているという。
その「ACF」を大量かつ安定して生産するために建設されたのが、今回訪れた「101号館」というわけだ。
人が運ばない工場へ。AGVがつなぐ「ACF」の製造工程

ACFの製造工程は、大きく「混合」「塗布」「裁断」「検査・梱包」に分かれる。
まず液状の樹脂と導電粒子などを混ぜ合わせる。次に樹脂をフィルム状に塗布してロールにする。その後、必要な幅にスリットしてリールに巻き取り、最後に検査と梱包を行う。
101号館では、これらの工程を建物の中で一気通貫につないでいる。その間を行き来しているのがAGV(無人搬送車)だ。床面に設定された走行ルートを読み取りながら、材料や製品を載せたAGVが静かに移動していく。クリーンルーム専用のエレベーターとも連携し、階をまたいだ搬送まで自動で行う。

旧工場でも製造設備そのものの自動化は進んでいたというが、とはいえ、設備と設備の間をつなぐ搬送作業には人が介在する場面が残っていた。既存建屋では通路幅やレイアウトの制約があり、AGVを工場全体に展開することが難しかったためだ。
101号館では、そこを建物の設計段階から変えている。AGVが走れる十分な通路幅と動線を最初から組み込み、製造設備だけでなく、その間の「移動」まで自動化している。
製造設備が自動で動いていても、材料を人が運んでいれば、工場全体としては完全な自動化にはならない。101号館では工程と工程の間まで機械でつなぐことで、工場全体をひとつの生産システムとして動かそうとしている。
5℃以下の世界でACFは出荷を待つ。「自動冷蔵倉庫」に入ってみた

今回の取材では「自動冷蔵倉庫」を視察することができた。ACFは熱硬化性樹脂を使っているため、常温に置いておくと少しずつ硬化が進んでしまう。そのため、製品は5℃以下の環境で保管する必要がある。品質保持期限もおよそ5〜7カ月。101号館では、その保管までも自動化している。
製造・裁断・検査・梱包を終えたACFは自動搬送によって冷蔵倉庫まで運ばれ、倉庫内では自動クレーンが製品を棚へ格納する。出荷時も必要な製品を自動で取り出す仕組みだ。





倉庫の中は高い棚が並び、その間を自動クレーンが移動。人がフォークリフトを運転して製品を探すような光景はなく、必要な製品をシステムが把握し、機械が棚から取り出していく。
ちなみに、この倉庫は今回の取材で「最初で最後」の公開となった。理由は単純で、本格稼働すれば5℃以下の環境を維持し続ける必要があるからだ。9月10日の公開時点では、まだ設備の立ち上げ段階だったため特別に内部へ入ることができた。稼働後は、外部から扉を開けて人が出入りすること自体が製品の品質管理に影響してしまう。
人とAIと機械をつなぐ「101号館」のスマートファクトリー

デクセリアルズによれば、101号館の稼働によってACF全体の生産能力は従来の約1.5倍となる。特に需要が伸びている粒子整列型ACFについては、生産能力を約2倍に引き上げる計画だ。さらに、自動化によって従業員1人当たりの生産性も2倍以上を目指している。
ポイントは、人と機械の仕事を分けることにある。材料を運ぶ、重いものを持つ、同じ作業を繰り返すといった仕事は、AGVや自動設備に任せる。一方で、人は工程の改善や品質向上、新しい技術の開発などに時間を使う。自動化によって生まれた人員を、より付加価値の高い作業へと振り向ける考えだ。
ACFはスマートフォン用、車載用など、顧客ごとに仕様が異なる。大量生産だけを考えれば、同じ製品を繰り返し作る工場のほうが自動化しやすいが、しかし101号館では、多品種のカスタム製品を効率よく生産することを目指している。

そのために導入を進めているのが、生産計画の自動化、設備のリアルタイム監視、AIによる外観検査、異常予測、デジタルツインといったデジタル技術。ここで出てくるのが「フィジカルAI」を用いた環境だ。
たとえば製品の種類や生産量が変われば、必要となる材料の搬送や設備の設定も変わる。AIが生産状況を判断し、その結果をAGVや製造設備の動作に反映させる。AIが画面上で答えを出すだけではなく、工場の機械を実際に動かすところまでつなげていく。
101号館では、こうした仕組みを組み合わせながら、多品種の製品を柔軟に作れる工場を目指している。将来的には、ここで得たノウハウをほかの生産拠点にも展開する構想だ。

そして、もうひとつ重要なのが「工場を止めない」ための仕組み。デクセリアルズは前述のとおりACFで世界シェア79.4%を持つ。スマートフォンやディスプレイなどのメーカーが製品を作ろうとしても、必要な部材が届かなければ生産できない。ACFは最終製品から見れば非常に小さな材料だが、供給が止まれば、その先にある製造ラインにも影響する。
だからこそ101号館では、生産能力を増やすだけでなく、災害などが発生した場合にも工場を止めにくい仕組みを整えている。
建物の耐震性能は一般的な建築基準より高く設定され、保有水平耐力は基準の1.25倍以上。震度6強クラスの地震に耐えられる構造としている。水害対策では床面を通常より1m高くし、雷対策として建屋の外周に側雷保護ワイヤーを巡らせた。
なかでも重要なのが電力の確保。工場では製造設備だけでなく、クリーンルームや冷蔵倉庫なども継続して動かす必要がある。そこで敷地内にコージェネレーションシステムを設置し、地域全体で大規模な停電が発生した場合でも、最大72時間にわたって工場への電力供給を維持できる体制を整えている。
デクセリアルズは、ACFを含む電子材料を今後さらに幅広い分野へ展開しようとしている。候補となるのは、Micro LEDディスプレイ、カメラモジュール、各種センサー、医療機器、ロボティクスなど。さらに成長領域として掲げているのがフォトニクス分野で、光半導体やCPO(Co-Packaged Optics)といった光電融合技術も視野に入れている。
AIの普及によってデータセンターでは大量のデータを高速に処理する必要が生じている。そこで、電気だけでなく光を使ってデータを伝送する技術への期待も高まっていることから、デクセリアルズはACFで培った微細な接続技術や材料技術をこうした新しい領域へ広げていく考えだ。現在の主力製品で得た収益を次の技術へ投資する。その生産基盤としても101号館は位置づけられている。

一方、巨大な生産設備ばかりに目が向きがちだが、101号館にはそこで働く人のための環境も用意されている。
新棟のコンセプトには「サステナブル」「スマートファクトリー」とともに「ヘルス&ウェルビーイング」が掲げられている。クリーンルーム内にはラウンジや専用休養室、リフレッシュルームを設置。敷地内には緑地に囲まれた約700mのウォーキングコースも整備した。屋上には太陽光発電パネルを設置し、工場で使う電力の約10%を賄う計画だ。
自動化によって生産性を高めるだけでなく、そこで働く人が長く働ける環境を作る。人材の確保が難しくなるなか、工場の競争力を考えるうえでも、こうした環境は無視できない。

地域とのつながりもある。鹿沼市内にある第1工場と第2工場を結ぶ社員送迎用のEVバスでは、隣接する宇都宮市の文星芸術大学の学生を対象にデザインコンペを実施。採用作品を車体に施した。
デザインには、デクセリアルズが世界シェア首位を持つACF、光学弾性樹脂「SVR」、反射防止フィルム「ARF」をモチーフにしたグラフィックを採用。コーポレートカラーの紺色にオレンジとスカイブルーを組み合わせている。

また、新棟の竣工に合わせて従業員が着る作業服も刷新。デクセリアルズとグループ会社のデクセリアルズフォトニクスソリューションズ(DXPS)の社員によるワーキンググループを立ち上げ、現場から出た不満や使い勝手への要望を集めながらデザインを検討。最終的には全社員の投票で新しいウェアを決めた。
背面には同社のパーパスである「Empower Evolution. つなごう、テクノロジーの進化を。」を表現したデザインが入っている。
見えないACFが、私たちの「画面」を支えている

デクセリアルズは、これまでACFをはじめとする電子材料を通じて、スマートフォンや車載ディスプレイなど、さまざまな機器の「つなぐ」を支えてきた。
今回見た101号館は、その技術をこれから先も安定して届けていくための新しい生産拠点。約300億円という大きな投資には、現在の需要に応えるだけでなく、ディスプレイや電子機器の進化に合わせて生産体制そのものを変えていく狙いが込められている。
その工場で作られているACFは、私たちの目にはほとんど映らない。スマートフォンの画面に表示される映像は見えても、その裏側でどんな材料が使われているのかを考えることは、まずないだろう。ACFもそんな「見えない存在」のひとつだ。
この記事を読み終えたら、いつも使っているスマートフォンの画面を、少しだけ違う角度から見てみてほしい。その画面の向こう側には、10μm単位の接続を支える小さな材料があり、その材料を作るために鹿沼では巨大な工場が動いている。普段は意識することのない「画面」の中に、こうした技術と製造現場がある。今回、ACFの製造現場を視察できたことは筆者にとって貴重な体験だった。



