デザインとクリエイティビティの領域で存在感を発揮しているSerif社。日本でも 「Affinity」 シリーズは広く知られており、特にMacユーザーにとっては馴染みの深い会社なのではないだろうか。
このたび筆者は、SerifのCEOであるアシュリー・ヒューソン氏にロングインタビューを行う貴重な機会を得た。
アシュリー氏がSerifに参画してからの経歴や、Serif社の成り立ちや理念、そしてクリエイティブ業界のトレンドとの関わりについて、さらに競合他社との違いやAI技術へのアプローチについても言及しながら、Serifの今後の展望について深く語ってくれた。
今回の記事では、Serifがクリエイティブな分野で他社に比べてどのような強みを持っているのか、またSerifが検討している今後の取り組みなど、アシュリー氏が描く未来について紹介したいと思う。
Serifとは
Serif (セリフ) は、英ノッティンガムに本社を置くソフトウェア会社。創業は1987年。グラフィックデザインやイラストレーション、デスクトップパブリッシング、ウェブデザインなどの分野でソフトウェア製品を提供している。
Serifの主力製品は 「Affinityシリーズ」。「Affinity Designer」 「Affinity Photo」 「Affinity Publisher」 の3つの主要なアプリケーションで構成されている。「Affinity Designer」 はベクターベースのグラフィックデザインソフトであり、「Affinity Photo」 は写真編集ソフト、「Affinity Publisher」 はパブリッシングソフト。
これらの製品は、Adobeの 「Illustrator」 「Photoshop」 「InDesign」 といった製品のキラーアプリとして、アマチュアデザイナーからプロフェッショナルデザイナーまで広く評価されている。
Serifが展開する 「Affinity」 シリーズ
▶︎ Windows/Mac
Affinity Designer:ベクターグラフィックデザインソフトウェア。2014年にリリース。
Affinity Photo:デジタル画像編集ソフトウェア。2015年にリリース。
Affinity Publisher:デスクトップパブリッシングソフトウェア。2019年にリリース。
▶︎ iPad
Affinity Designer:ベクターグラフィックデザインソフトウェア。2015年にリリース。
Affinity Photo:デジタル画像編集ソフトウェア。2017年にリリース。
以下、インタビュー。
Serif CEO アシュリー・ヒューソン氏インタビュー
ーーアシュリーさん、今日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、1on1で日本のメディアのインタビューにのぞむのは今回がはじめてということでしたので、日本の方々にSerifという会社について深く知ってもらうため、まずはSerifという会社について、あとSerifが提供する製品の特徴について、そしてアシュリーさんのご自身のことについてお聞かせいただければと思います。
アシュリー氏:
まず、Serifという会社は約36年前の1987年に設立しました。はじめの頃はWindowsのソフトウェアを開発していました。提供していたソフトウェアは主にローエンドのものが多かったのですが、大体15年くらい前に、新たなプロジェクトとして創造性をもったクリエイティブソフトウェア分野で革命的なソフトウェアを提供していこうということになりました。そして5年くらいかけてこの 「Affinity」 シリーズを開発しました。
まずは 「Affinity Designer」 を9年前にリリースし、続けて 「Affinity Photo」 「Affinity Publisher」 をスイートアプリとしてリリースしてきました。
これらのクリエイティブソフトウェアはいずれもユニークなものとして出来上がっています。まず、スムーズで早い動作が特徴のひとつです。
あとは、最新のハードウェアスペックを最大限に引き出して作業できる設計になっていること、あとはファイルも 「Affinity」 スイート全体で利用できる形式で統一していることも特徴として挙げられます。たとえば、Adobeの 「InDesign」 「Illustrator」 「Photoshop」 はそれぞれ別々のファイル形式を使用しています。
それから、プラットフォームはWindowsだけでなくmacOSのほか、iPadでも 「Affinity」 スイートすべての機能を利用できるようにしています。実際にこういったクリエイティブソフトウェアを提供している会社でこれを実現しているのは、Serifだけということになります。
ーーアシュリーさんのバックグラウンドや経歴についてお聞きしてもよろしいでしょうか。また、現在はCEOとしてさまざまな役割があると思うのですが、具体的にどのような役割を果たされているのでしょうか?
アシュリー氏:
まず、私の経歴についてお話ししますが、様々な経験をしてきましたので、面白い経歴とも言えるかもしれません。
25年前に大学を卒業後、最初の就職先がいまのSerifでした。最初の仕事は実はテクニカルサポートで、電話応対を担当していました。その後、コールセンターに移り、マネージャーとしての役職に就きました。さらに、データアナリストとしての経験を積み、業務のオペレーションに関わり、ウェアハウスのオペレーションマネージャーとして活躍しました。その後はファイナンスの分野に進み、セールスのディレクターとしての経験を積みました。そして、いまのCEOの職に就いています。ですので、これまでのキャリアとしては、一番下から急速な成長を遂げてきたと言えるかもしれません。
そして、CEOとしての役割という点については、もちろん会社全体を見渡すことが求められます。しかし、特に重点を置いて関わっているのは製品の開発です。私自身も製品開発に対して情熱を持っているため、提供されている製品にはかなり深く関わっています。
ーーありがとうございます。次に、「Affinity」 シリーズと他社の競合製品との大きな違いについてお聞きしたいです。また、実際にAffinityの製品を選ぶユーザーたちは、「Affinity」 シリーズのどこに魅力を感じて選んでいると思いますか?
アシュリー氏:
まず、Affinityの一番の長所は、スイートに含まれる3つのプロフェッショナルなクリエイティブソフトウェアが揃っていること。具体的には、パブリッシング、ベクターデザイン、そしてフォトエディター。この3つの機能をすべて備えているのは、AdobeとAffinityだけです。この点がAffinityの大きな強みです。
さらに、AffinityはiPadなどのプラットフォームでも機能が制限されずにすべての機能を利用することができます。また、3つのソフトウェアすべてで同じフォーマットを使用しているため、シームレスなワークフローが可能です。
例えば、パブリッシャー内で画像の編集を行いたい場合、通常は画像をエクスポートして別のソフトウェアで編集し、再びエクスポートして戻す必要がありますが、Affinityではパブリッシャー内で直接画像を編集し、簡単に切り替えることができます。このようなスムーズなワークフローがユーザーが最も喜んでいる点だと思っています。
そして、もうひとつ非常に重要な理由は価格です。Affinityの価格帯は非常に競争力があり、Adobeなどと比較してもお得です。また、サブスクリプション制度ではないため、多くのユーザーから支持を受けている部分ではないかと思います。
ーーサブスクリプションの話が出たので、そちらについて伺いたいのですが、現在Affinityシリーズは各ソフトウェアをいずれも買い切りという形で提供しています。今後サブスクリプション制を導入する可能性はあるのでしょうか。
アシュリー氏:
おっしゃるとおり、現在のAffinity製品は買い切りで購入でき、一度購入してしまえば基本的に追加費用を払う必要はありません。提供されるすべてのアップデートは無料で利用できます。
しかし、たとえばバージョン2からバージョン3などの大幅なアップグレードがある場合には、追加料金が必要になる場合もあります。つまり、アップデートは無償で提供されますが、新しいバージョンにアップグレードする場合には有料となる、これが今の価格体系です。
あとサブスクリプションについてですが、我々はその方向性にも注視しています。クラウドサービスやより良いコラボレーション機能などの追加機能の実装をいま検討していて、こうした機能を導入するとなれば、いずれサブスクリプションなどのオプションについても考慮していく必要はあります。
つまり、まとめると現行バージョンはすべて買い切りで利用でき、アップデートも無料です。もしサブスクリプションを追加する場合には、クラウドサービスなどの追加機能を実装するときということになると思います。
ーーAffinityのバージョン2についてお聞きします。現在、AffinityにはPhoto、Designer、そしてPublisherという3つのソフトウェアがあります。これらはそれぞれ個別に購入できますが、このうち現在最も売れている製品はどれなのか教えていただけますか。
アシュリー氏:
おおよそですがDesignerとPhotoが人気で、それぞれ半々という感じです。その次にPublisherが続いています。日本の市場では、Designerが一番売れている商品です。特にiPadバージョンが非常によく売れています。
おそらく、日本ではDesignerがクリエイティブな作業やレポート作成などに多く使用されているようです。そして、これらの作業はiPadとの相性が良いことから人気が高いのだと思います。日本のユーザーにとって、Designerが一番人気で、最も売り上げの大きな製品だと言えます。
ーーさきほど、日本市場ではiPad版アプリがとても人気があるとおっしゃっていましたが、Appleも最近iPad向けのプロユースツール(Final Cut ProやLogic Proなど)を提供するようになりましたし、競合他社であるAdobeもiPad向けソフトウェアを拡充している状況です。このような状況の中で、御社はどのような競争上の優位性を感じていますか。
アシュリー氏:
まず、Appleが行っている取り組みについては非常に素晴らしいと思います。彼らは自社の製品を非常にうまく精度よく作り上げるという点で優れています。ただし、Serifの製品とは直接的な競合関係にはなりませんので、脅威を感じているというよりも、むしろ素晴らしい取り組みだと捉えています。
例えば、Final Cut ProやLogicなどは、私たちが直接提供していない機能を追加しており、プロフェッショナルなクリエイティブな活動に役立っています。そういう意味では、我々はAppleに対して、Serifが提供するクリエイティブを補完強化してくれていると捉えています。
そして、直接的な競合にあるAdobeについては、Serifが提供している機能に比べると、まだiPadで提供できていない部分が多いため、あまり脅威とは考えていません。私たちのほうが遥かに先を進んでいると感じています。
また、Adobeの場合、選択肢が限られています。私たちの製品であれば、デザイナーだけを必要とする場合にはその機能だけを単体で購入できますが、Adobeではサブスクリプションを購入したり、Creative Cloudに登録したりする必要があります。その点で、私たちの方が柔軟性があります。
ーー日本市場に対する見方についてもう少し深くお聞きしたいです。Serifにとって、現在の日本市場はどのような特徴を持っているとお考えですか?また、その日本市場の特徴を踏まえた上で、どのような戦略を展開する予定ですか。
アシュリー氏:
日本市場に関しては、当初Serifの製品はメディアで大きく取り上げられていたわけではなかったものの、徐々に私たちのソフトウェアを使ってくれるユーザーが増えていきました。昨年にiPadバージョンをリリースした際も、その数は増え続け、ユーザーが急増しているというユニークな成長を遂げています。
日本市場はクリエイティブなユーザーが多く、そういったソフトウェアを使いたいという需要が高い市場と捉えています。そのため、私たちのソフトウェアやアプリケーションがとても適していると考えています。
また、日本のiPadユーザーは、作業をすべてiPad上で完結させようと考えているかたが他市場よりも多いと感じています。他の国では、Macを使いながらiPadを利用したり、外出時にのみiPadを使うといったケースが多いですが、日本では逆にiPadのみを主要なコンピューターデバイスとして使用するユーザーも多いようです。
これは私たちにとってもユニークな特徴であり、私たちの提供するiPad向け製品が非常に役立つと思っています。そして、このようなユーザーからの支持が得られていることが、私たちの成長に繋がっていると思います。
それから、私たちが 日本のとても好きな要素として “季節行事” があります。たとえば、葉書を送ったりカードを作ったりする形で、季節の行事に関連したイベントを楽しむことや、猫の日など特定のテーマに沿って何かを行うことがあります。また、桜が満開の時には桜を使ったクリエイティブな絵を描いたりすることもあります。
これらは非常にユニークな要素であり、(クリエイティブなツールが求められる機会が多いということは) 私たちにとっても大変魅力的な側面です。私たちは、ユーザーたちが自身が表現しようとしていることを支援・補助できるソフトウェアを作っています。これは非常に素晴らしいと思っています。
ーー日本のデザイン業界やクリエイティブコミュニティとの関係を強化するために、今後セミナーやイベントなどを計画していますか?
アシュリー氏:
今後セミナーやイベントなどについては、私たちも積極的に関与していきたいと考えています。既にいくつかのクリエイティブコミュニティには積極的に参加していたりするのですが、すべてのユーザーに対して同様の活動を行っているとは言えませんので、まだまだ不十分だと感じています。
具体的なイベントの計画は現時点ではありませんが、今後の12ヶ月間でそのような取り組みにもっと力を注ぎたいと考えています。それによって多くのユーザーにアプローチし、さらには製品を使用していただけるユーザーを増やせればいいなと考えています。
ーー 「Affinity」 シリーズの将来の展望について教えてください。新しい機能を今後実装したり、新たな製品を追加するなど現時点で何か予定されてるのか、可能な限りで構わないので教えていただければ嬉しいです。あとは、Serifが今後取り組む可能性のある新たな領域やプロジェクトもあったら、そちらも教えてください。
アシュリー氏:
私たちはクラウドサービスに関連してかなりの投資を行っており、これによってコラボレーションが容易になると考えています。また、iPadとWindowsのプラットフォームに関しても、両者の間でのやり取りやチームの協力がよりスムーズに行えるようになります。この点に関しては、最も大きな投資を行っており、多くの労力を割いています。先ほど述べたサブスクリプションサービスにも関連していると思います。
別の領域としては、機械学習やAIの分野にも興味を持っており、慎重に観察しています。特に、これらの技術を活用することで、私たちのソフトウェアや機能がより使いやすくなり、クリエイティブな作業にも役立つことが多くあると考えています。AIと機械学習の領域でも注意深く観察しています。
明確にお伝えしたいと思いますが、現時点での目標は、既存の製品であるAffinityスイートをより良くしていくことと、ワークフローを改善することです。他の領域で新しい製品をリリースする計画は現時点ではありません。
ーーわかりました。先ほどクラウドベースのコラボレーションについて話がありましたが、具体的にそのコラボレーション機能やストレージ機能について、現時点でどのような機能が提供されるのか教えていただくことはできますか?
アシュリー氏:
まずは私たちが考えているクラウドサービスは、過去にないほどシームレスで使いやすいものを提供したいと考えています。たとえば、Adobeのクラウドサービスが最初に提供されたとき、製品に別の製品を追加して、そこにまた新たな製品を追加してーーというように単に積み重ねられたかたちでサービスが作られている印象を受けました。
しかし、私たちが提供したいのは最初からすべてが統合され、シームレスに利用できるものです。さらに、作成したアートワークを共有したり、コメントを付けたり、テンプレートのような形でアートワークのアセットを共有するなど、すべてが引っかかることなくシームレスに行える環境を目指しています。現時点では共有できる情報はありませんが、私たちは自信を持って言えるのは、過去にないほどシームレスなコラボレーションが可能な機能やサービスをすぐに提供できるようになるということです。
ーーありがとうございます。競合他社であるAdobeは、いまAIにかなり力を入れていてユーザーもかなりその動向を注視している状態にあります。AdobeのAIに関する取り組みについてはどうお考えでしょうか?また、先ほどSerifはAIに関しては 「慎重に動いてる」 とお話をされてたと思うのですが、Serifも将来的には導入すべきとお考えでしょうか。
アシュリー氏:
この辺りのお話はとても難しく、また複雑な話題であると考えています。まず、私たちの視点では 「クリエイティビティ」 と 「創造性」 は、人間から生まれるものでなければならないと考えています。
私たちの顧客である方々は当然ながら人間です。人間 (=ユーザー) がそのような活動を行うことをサポートする、これが私たちの基本的な考え方です。そのサポートの過程として、AIを活用してプロセスを簡素化したり、手間を省くといったことはできると思います。また、ワークフローをシームレスにつなげることも可能でしょう。
ただし 「創造性」 という点、つまり 「作り出す」 ことや「操作する」 ことは人間にしかできないと考えています。
Adobeのアプローチでは、機械やAIに実際に作らせるというアイデアも含まれているようです。その点では、彼らのアプローチには同意できず、反対の意見を持っています。創作や創造は人間に委ねるべきだと考えています。
ーー最後に、「Affinity」 製品を利用するクリエイターに向けてメッセージをお願いします。
アシュリー氏:
私たちの製品や会社を支持し、採用し続けてくださっている皆様に感謝の気持ちを述べたいと思います。本当にありがとうございます。
そして、皆様が私たちの製品を使用してクリエイティブな作業や創作活動を続け、素晴らしい作品を生み出していることについても、非常に素晴らしいと思っています。感謝の気持ちを伝えると同時に、皆様の創作活動が私たちの会社の継続的な成長にもつながっていることを感じています。ですから、皆様には創作活動を続けていただき、さらに素晴らしい作品を作り上げていただけることに感謝しています。
ーーありがとうございました。
まとめ
以上、アシュリー・ヒューソン氏へのインタビューをお届けした。
Serifはこれまで 「Affinity Designer」 「Affinity Photo」 「Affinity Publisher」 の3つのアプリを開発し、最近ではiPad版の提供を開始するなど、自社製品のアップデートを重ねていることで、順調にユーザー数を伸ばしているようだ。
また、筆者が一番気になっていた、競合のAdobeとの顧客の奪い合いという点についても、「買い切り」 で導入コストを安く抑えられるなど明確な差別化を行っていることが功を奏しているようだ。
一方で、新たなオプションとしてクラウドベースのコラボレーション機能などの実装を検討していることも明らかになった。実際にどんな機能になるのか、また実際に実装するかどうかまでは教えてもらうことはできなかったが、これらの機能が実装される際には将来的にサブスクリプションを導入する可能性があることもわかった。このあたりは、既存ユーザーも気になる点だろう。
あと意外だったのが、AI機能に関する見解の部分。アシュリー・ヒューソン氏は、「クリエイティビティと創造性は、人間から生まれるものでなければならない」 と語っていたように、AIの導入、特にAIで絵を自動生成するような機能については、Serifは消極的な意見を持っているようだ。先行してAI機能を自社製品に積極的に導入しているAdobeに対抗するのではなく、Adobeと反対の意思を持っている。ここもAdobeとの大きな違いと言えるだろう。
最後に、Serifは日本のクリエイティブコミュニティをかなり重要視しており、サポートやマーケティング活動をより本格化することも検討しているようだ。
Serifは昨年11月に 「Affinity」のVersion 2をリリースしており、日本において販売数が増加していることを発表している。Version 2を購入したユーザーのうち30%が新規ユーザー。これはグローバルで見ても最も高い割合であるとのこと。
また、日本はAffinity製品の販売数が世界4位。インタビュー内で触れられていたように、iPad版の販売も日本では好調のようだ。今後、日本国内のマーケティング活動を展開するとともに、ユーザーのニーズにあわせてソフトウェアの改良を適宜行っていく予定としている。
(画像:Serif)