日本生まれのリアルドライビングシミュレーター『グランツーリスモ』シリーズ。ゲームファンであれば誰もが聞いたことがあるタイトルだろう。
『グランツーリスモ』シリーズの特徴は、実際の車を運転しているかのような、とにかくリアルなドライビングシミュレーション。クルマのボディやインテリア、走行挙動だけでなく、天気や路面の状況など、クルマに関係するあらゆるものを、すべてとことん追求した作品として知られ、古くから多くのユーザーに支持されている。
そんな『グランツーリスモ』シリーズを生み出す現場を取材する機会があったので、そのレポートをお届けしたい。なお、『グランツーリスモ』シリーズはこのたび全世界累計実売本数9,000万本突破したことが発表されている。
ポリフォニー・デジタルのスタジオツアー:『グランツーリスモ』が生まれる現場を訪れる
ソニー・インタラクティブエンタテインメントは今月14日、『グランツーリスモ』シリーズを開発するポリフォニー・デジタル 東京スタジオのスタジオツアーを開催。ポリフォニー・デジタルの代表取締役 プレジデントでもある山内一典氏の案内のもと、『グランツーリスモ』を生み出す最新現場を報道陣に公開した。
まずは、今回のイベントで山内氏がプレゼンテーションを行った場所がメインホール。正面には大型スクリーンや音響設備などが用意されており、ゲストを招いてプレゼンテーションをするときはこの場所を使うことが多いという。ときにはDJを呼んでここでパーティーをすることもあるそうだ。
ホールの左側には、『グランツーリスモ7』を体験できる試遊台がたくさん配置されている。コックピットやハンドルコントローラーなどは公式大会と同じ環境のもので、大会の気分を味わうことができる。ちなみに、スタジオツアーまでの待機時間に『グランツーリスモ7』をプレイすることができた。
試遊した当時は気づかなかったのだが、実はここの試遊台にはまだ一般向けにリリースされていないデータも入っていたようで、12月15日のアップデートで追加された 「アルファロメオ ジュリア GTAm ’20」 を先行体験することができた。
試遊台の前には、『グランツーリスモ』公式世界大会のトロフィーが。モデルとなっているのは、ウンベルト・ボッチョーニの 「空間における連続性の唯一の形態」 で、トロフィーの完成までは2年近くに及んだとのこと。公式YouTubeチャンネルでこちらのトロフィーのメイキング動画が公開されているため、気になった人はぜひ動画を見ていただきたい。
メインホールの後ろ側には、飲み物やお酒が楽しめるカフェとバーカウンターが用意されている。バーカウンターの後ろの壁には、ドイツのニュルブルクにあるサーキット 「ニュルブルクリンク」 のコースの形にライトが配置されていてとてもオシャレ。
カフェとバーカウンターの間の通路の奥には、ロッカールームが用意されている。各ロッカーの扉には『グランツーリスモ』シリーズに実装されたことがあるコースの名前とコース図が描かれていた。
メインホールを抜けて、さらに内部へ。中央には開発スタッフのデスクが集められていて、その外側に会議室やソファーがある休憩室などが用意されていた。
ほとんどの会議室は、基本的には福岡のスタジオとつなぐことができるようになっていて、会議はもちろん、ときには電子ピアノなどの楽器を用意して、東京スタジオと福岡スタジオでセッションをすることもあるのだとか。ただしどうしても遅延が発生するため、演奏は少し大変であるとのことだった。
開発スタジオ内には、スタッフが自由に使えるトレーニングルームも完備。
ライブラリには、歴代プレイステーションのゲームソフトや車関連のDVD、カラーパッドやヘッドライトの部品といった資料がたくさん並べられていた。
ゲームの開発をする上で、今でこそCADデータに色々な情報が含まれているものの、以前まではヘッドライトやテールランプは実物を手に入れて作っていたとのこと。
奥の方には、2010年に山内氏が日産チームでニュルブルクリンクの24時間レースに出たときに使用したGTRのフロントフェンダーが置いてあった。一見ノーマルっぽく見えるのだが、実が幅が広めになっていて、大きなタイヤが履けるのだという。
こちらはビデオルームで、State of Playの映像の撮影などはここで行っていたとのこと。
State of Playの映像といえば、山内氏がニュルブルクリンクのコースのストレートにいるシーンがあったが、あの映像はリアルタイムで『グランツーリスモ7』の中に山内氏をコンポジットして撮影したのだという。
そもそも『グランツーリスモ7』はグリーンバックとカメラ側にモーショントラッキングができる装置を用意することで、コース内に人物を入れ込むことができるシステムになっているのだという。この機能がPS5ベースで動作するというのがユニークなところだと山内氏は話す。
開発スタジオの奥の方には、なんと和室が用意。お茶を立てるスタッフがいるとのことで、パーティーのときにゲストをこの和室に招いて、お茶を振る舞うということもやっているとのこと。
ちなみに、和室の奥の引き戸を開けるとホワイトボードがあって、ちょっとした会議などもできそうな雰囲気。
そして開発スタジオの片隅に置いてあるこちらは、山内氏らが 「GT家具」 と呼んでいるものだそう。
一見ただのテレビ台に見えるのだが、横の部分にはPS5が収納されていて、『グランツーリスモ』をプレイしたいときだけ椅子部分を引き出して、ハンドルコントローラーをセットするだけで、あっという間にレーシングコックピッドを構築できる。ハンドルコントローラーをテレビの前に設置しても家族に怒られずに遊びたい大人に向けた家具だ。
ちなみにこのGT家具は非売品ではあるのだが、F1レーサーのルイス・ハミルトンさんの自宅にも置いてあるとのこと。
今回のスタジオツアーでは、現在『グランツーリスモ』がどのような環境で開発されているのかはもちろん、ライブラリの資料などから、昔はどのようにして開発をしていたのかなど、『グランツーリスモ』シリーズの開発における歴史なども垣間見ることができ、とても貴重な体験ができたと感じている。
『グランツーリスモ』はエネルギーの流れの 「渦」 のような存在
スタジオツアーを実施する前に、『グランツーリスモ』シリーズの25周年の歴史を振り返るプレゼンテーションが山内氏によって実施された。
プレゼンテーションでは、この25周年の振り返りとともに、『ポリフォニー・デジタル』がどんなルーツを持った会社か、最新作『グランツーリスモ7』がどのようにして開発されているのかなどが紹介された。
ポリフォニー・デジタルは、初代『グランツーリスモ』が発売した翌年、1998年に設立された。1980年台のPCカルチャーをルーツとし、コンピュータ・テクノロジーへのロマンティズムや、世界の森羅万象を量子化して計算可能な存在にすることなどを理念に誕生した会社だ。
そして、同会社の唯一の開発タイトルである『グランツーリスモ』シリーズは、1997年に初代プレイステーションと共に生まれ、2022年12月23日で生誕25周年を迎える。冒頭でもお伝えしたとおり、『グランツーリスモ』はシリーズを通して、全世界累計9,000万本の販売を達成したとのこと。販売地域は100カ国以上。名実ともに過去25年で世界でもっとも売れたクルマゲームとなっている。
初代『グランツーリスモ』の開発は、発売の4年前から始まっていたというが、当時は 「リアルタイム自動車シミュレーション」 と言っても多くの人に理解してもらうことができず、自動車メーカーから許諾をもらうのも難しかったという。
そんな中、最初に許諾がもらえたのがトヨタ自動車だ。代表に電話して部署を辿っていったところ、「じゃあ話を聞いてみましょう」 と言ってくれる担当者さんが現れ、2時間半くらいのプレゼンを実施。プレゼン終了後に、「分かりました、やってみましょう」 と良い返事がもらえたという。
そのおかげで、「トヨタさんがやるならうちも」 とたくさんの自動車メーカーから契約に賛同してもらったという歴史があるという。山内氏は、「今でもトヨタの担当者の方には御恩を感じています」 と語った。
山内氏は、ポリフォニー・デジタルの企業文化として 「学校空間」 「多様性」 「知識社会」 「フラットな組織」 の4つを挙げ、これらが会社の頭脳そのものであると説明する。
社員の総数は250名。構成比はエンジニアが27%、アーティストが58%、エクスプローラが6%、その他が9%を占める。半分以上がアーティストにはなるが、多様な従業員が作品に関わることで、質の高い作品を作り上げることができていると山内氏は感じているようだ。
ちなみに、初代『グランツーリスモ』を開発したスタッフは現在も多くが在籍しており、もちろん最新作である『グランツーリスモ7』の開発にも携わっている。長らくスタッフが変わっていないスタジオはかなり珍しいと言えるだろう。
今回のプレゼンでは、最新作『グランツーリスモ7』がどのように開発されているのかを聞くこともできた。
『グランツーリスモ』シリーズは、リアルなドライビングシミュレーションを最大の特徴とした作品だ。そのリアルさを追求するため、クルマのボディだけでなく、インテリアや挙動、さらには光や音、雨によって生まれた水滴などあらゆる要素を可能な限りシミュレーションしている。
ランドスケープデザインの制作に関しては、知名度や歴史はもちろんながら、景観の美しさや走っていて楽しいかなどを踏まえた上でゲーム内に登場させるのにふさわしいコースを選定し、現地に取材へ。
現地では、徒歩で1コース3万枚ほどの写真を撮影するほか、8K車載パノラマビデオでの撮影、車載レーザーや固定スキャン、ドローンなどを使ってのコースの形状のキャプチャなどを行い、コースのデータを収集する。
収集されたデータは、地形のハイトマップ (航空測量データ) をもとに、スキャンしてきたデータから路面データを抽出して、路面に沿ってメッシュを制作。その後は質感を設定し、砂煙やタイヤスモークの出方を調整していく。あとは描画負荷の確認や走行リプレイなどを確認しながら見映えの追い込みを行い、天候変化や時間変化によって太陽の光などが妥当に見えるように調整していくことで完成だ。
音に関しては実車を用いて録音しているのはもちろんのこと、車内・屋外ともにインパルスレスポンス・リバーブを使用して、音の残響までも再現する。
また、ゲームではクルマのカスタマイズをすることでモデル車では再現できない音を作り出す必要があるが、それらはAI技術を使うことで実現しているのだとか。PS5では3Dオーディオに対応しており、より立体的な音響も提供できるように。
クルマも途方もない時間をかけて制作する。アーティスト1人が1台のクルマを作り上げるまでにかける時間は、およそ270日。ボディの質感はもちろん、光の反射具合などもチェックしながら、そのクルマを正確に再現していく。
モデリングの頂点数は過去作よりも大幅に増えていて、PS3で発売した『グランツーリスモ6』では50万だったのに対して、『グランツーリスモ7』ではその倍となる100万に達する。その分収録車数は減ってしまっているが、各車両のディティールは現実の車と遜色のないレベルにまで向上している。
今回紹介したのは、『グランツーリスモ』シリーズを開発するためのほんの一部の過程に過ぎない。実際には、この記事では伝えきれないほどさまざまな過程を経て、ゲーム内に実装されていく。プレゼンテーションではそれらが余すことなく伝えられたが、緻密な作業とこだわりをもって作られていることがよく分かった。
ポリフォニー・デジタルが目指すところは、「エネルギーの流れの『渦』のような存在になること」 。なぜポリフォニー・デジタルが25年間も1つのタイトルを作り続けることができたのか。その答えは、さまざまなエネルギーのポテンシャルを持った人たちと仕事をしてきたことだと、山内氏は話す。
銀河系にしても、川の流れにしてもエネルギーがある場所には渦ができる。同じようにポリフォニー・デジタルにも多様なエネルギーがあり、それらが『グランツーリスモ』を作り出した。
そして『グランツーリスモ』の開発で一貫して大事にしてきたものは、クルマや景観、光、サウンド、音楽、グラフィックデザイン、物理シミュレーションなど、あらゆる要素の美しさを追求すること。おそらくこれほどのクオリティを実現した作品は、『グランツーリスモ』以外には存在しないだろう。
シリーズ25周年を記念した『グランツーリスモ』シリーズだが、スタジオの風景を見る限りこれからに向けて新たな開発もしているようだった。それが何だったのかは分からないが、ポリフォニー・デジタルの飽くなき追求はこれからもまだまだ続いていくようだ。
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(画像提供:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)