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「VRヘッドセット」 がこの世に登場してから久しい。その起源は想像以上に古く、概念として登場したのはなんと1930年代のSF小説にまで遡る。そして、現在のVRヘッドセットのカタチになったのは1960年代のことだ。
しかし、これが一般消費者に浸透してきたのは2010年代半ば。2016年にOculus RiftやHTC Viveといった高性能なVRヘッドセットが登場し、コンテンツが充実しはじめたことをキッカケに、一般消費者への浸透が進んできた。
その牽引役を担ってきた1社が、かつてのOculusであり現在のMetaだ。同社の 「Meta Quest」 シリーズは、高い性能でありながら手に届く価格帯で手に入れられる高コストパフォーマンスが魅力。また、コンテンツ量の多いマーケットや対応コンテンツの多さも魅力のひとつだ。
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2023年10月に登場した 「Meta Quest 3」 はその際たる例で専門家やユーザーから高く評価されたが、VR市場をさらに広げる廉価モデル 「Meta Quest 3S」 が昨年10月にMetaから発売した。
今回、Metaから 「Meta Quest 3S」 の評価機を提供いただいたため、本稿ではその使用感をレビューというかたちで紹介したい。
なお、「Meta Quest 3S」 はどちらかというとエントリーユーザー向けのモデルとなっていることから、本稿はVRヘッドセット初心者にも分かりやすいものにしようと思う。
Meta Quest 3Sの装着感はQuest 2よりも良し。三つ目デザインも特徴的
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まずは 「Meta Quest 3S」 を詳しくチェックしていこう。本製品は、「Meta Quest 3」 から一部性能を抑えることで低価格を実現したモデルだ。
価格こそ現在販売されているVRヘッドセットのなかでかなり安価な部類に入るものの、性能としては 「Meta Quest 3」 からワンランク下げた製品という感じなので、はじめてのVRヘッドセットにうってつけの製品となっている。
スペック表 | Meta Quest 2 | Meta Quest 3S | Meta Quest 3 | Meta Quest Pro |
---|---|---|---|---|
構成 | スタンドアローン | スタンドアローン | スタンドアローン | スタンドアローン |
トラッキング | ・6DoF | ・6DoF | ・6DoF | ・6DoF ・フェイストラッキング ・アイトラッキング |
画面解像度 (片目) | 1,832 × 1,920 (3.5MP) | 1,832 × 1,920 (3.5MP) | 2,064 × 2,208 (4.5MP) | 1,800×1,920 (3.5MP) |
ピクセル密度 | 20 PPD | 20 PPD | 25 PPD | 22 PPD |
視野角 | 水平96°/垂直90° | 水平96°/垂直90° | 水平110°/垂直96° | 水平106°/垂直96° |
レンズ | フレネルレンズ | フレネルレンズ | パンケーキレンズ | パンケーキレンズ |
リフレッシュレート | 60Hz/72Hz/80Hz/90Hz/120Hz | 72Hz/90Hz/120Hz | 72Hz/80Hz/90Hz/120Hz | 72Hz/90Hz |
瞳孔間距離 | 3段階式 (58mm/63mm/68mm) | 3段階式 (58mm/63mm/68mm) | 無段階調整 (53~75mm) | 無段階調整 (55~75mm) |
パススルー | モノクロ (4 PPD) | カラー (18 PPD) | カラー (18 PPD) | カラー (8 PPD) |
SoC | Snapdragon XR2 Gen 1 | Snapdragon XR2 Gen 2 | Snapdragon XR2 Gen 2 | Snapdragon XR2+ Gen 1 |
RAM | 6GB | 8GB | 8GB | 12GB |
駆動時間 | 1.5~2.5時間 | 2.5時間 | 2.2時間 | 2.5時間 |
内蔵センサー | ・赤外線センサー x4 | ・赤外線センサー x4 ・RGBカメラ x2 ・LEDフラッドライト x2 | ・赤外線センサー x4 ・RGBカメラ x2 ・深度センサー | ・赤外線センサー x5 ・RGBカメラ x5 |
3.5mmオーディオジャック | YES | ー | YES | YES |
重量 | 503g | 513g | 515g | 722g |
税込価格 | 販売終了 | 128GB:48,400円 256GB:64,900円 | 512GB:81,400円 | 226,800円→159,500円 ※販売終了 |
上記表は、最新の 「Meta Quest 3」 「Meta Quest 3S」 と前世代機の 「Meta Quest 2」 「Meta Quest Pro」 のスペックを比べたものになる。「Meta Quest 3」 と比べると画面解像度や視野角、そしてレンズの種類などが異なるものの、一方では搭載するSoCやパススルーのカラー対応など共通する項目が多く、その差をザックリ言うならば、「Meta Quest 3S」 は 「Meta Quest 3」 から0.5世代分の違いがあると言えそうだ。
代わりにお値段が安いのが 「Meta Quest 3S」 の最大の利点。「Meta Quest 3」 が512GBで81,400円であるのに対して、「Meta Quest 3S」 は128GBモデルが48,400円、256GBモデルが64,900円と、ストレージ容量に違いはあるものの20〜40%ほど安く購入することが可能だ (どちらも税込)。
より高品質なVR体験を欲するなら 「Meta Quest 3」 がベストだが、言ってしまえば体験できるコンテンツにほとんど違いはないことから 「Meta Quest 3S」 でも十分と思えるユーザーはかなり多いはずだ。
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「Meta Quest 3S」 のデザインをチェックしていこう。デザイン面において最大の特徴となるのが、ヘッドセット前面に内蔵されている3つ目のセンサー類。
カラーパススルーに使うRGBカメラと、手の動きや部屋の様子を読み取るための赤外線センサー、そしてそれを補助するためのフラッドLEDライトが左右それぞれに1基ずつ搭載されている。
また、前面のセンサーでは捉えられない位置でも手やコントローラーの動きを正確に読み取るため、ヘッドセットの左右側面に下側を向く2つの赤外線センサーを搭載。手を下げている状態でも正確なトラッキングを実現した。
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Quest 3Sを実際に装着してみると、重量はQuest 2と変わらないものの、Y字型のストラップを採用したことで頭部にかかる重さが分散し、安定感が明らかに向上している。動き回るコンテンツもより快適に楽しめるようになった。
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本体左側面には電源ボタンと充電・PC接続用のUSB Type-Cコネクタが搭載。ヘッドセット下部 (右目の下あたり) には、音量ボタンとアクションボタンが搭載されている。アクションボタンはパススルー状態とバーチャル状態を切り替えることができるボタンになっていて、バーチャル状態からワンプッシュするだけですぐに現実世界の映像に戻ってくることができる。
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レンズは、Quest 3が薄型軽量のパンケーキレンズを採用しているのに対し、Quest 3SはQuest 2と同じフレネルレンズを採用。Quest 3はパンケーキレンズのおかげでQuest 2よりも本体サイズがだいぶ小さくなっていたが、Quest 3SはQuest 2とほとんどサイズ感は変わらない印象だ。
片目あたりの解像度もQuest 3のほうが30%高くなっている。具体的には、Quest 3が2,064 × 2,208ピクセルで、Quest 3SがQuest 2と同じ1,832 × 1,920ピクセルだ。そもそもQuest 2を所持していた筆者からすれば、解像度の低さはあまり気にはならなかったのだが、解像度が高ければ高いほどコンテンツへの没入感は増すため、とにかく綺麗な映像にこだわりたい人はQuest 3を選ぶべきだ。
IPD (Inter Pupilary Distance、瞳孔間距離) は、レンズ部分を直接動かすことで58mm・63mm・68mmの3段階で調整可能。片方のレンズを動かすとそれに連動してもう片方のレンズも動く仕組みだ。
Quest 3ではスライダーによって無段階式で細かく調整できることから、Quest 3の方が個々のユーザーによりピッタリに合わせることができると言えるだろう。とはいえ、筆者の場合はQuest 3Sの3段階調整でも十分ピッタリに調整できたことを踏まえると、ほとんどの人が問題なく調整できるとは思われる。映像を鮮明に見るためにはIPDの調整が必須なので、初めて使うときには確実に設定しておこう。
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眼鏡をかけたままでも利用できる眼鏡スペーサーは標準で同梱されているほか、眼鏡を外して利用したい人のために、Zenni MR度付きレンズ (税込8,099円) も用意する。眼鏡ユーザーや目が悪い人も安心して使うことができる。
コントローラーと手で直感的に操作できる
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コントローラーはMeta Quest 3と共通のものを採用。Meta Quest 2のときのコントローラーは周囲のものに手をぶつけないようにするためだったのか、手の甲を覆うような輪っかがついていたものの、それがなくなったことでだいぶ取り回しはしやすくなった印象だ。
Quest 3Sはハンドトラッキングが利用できる。メニューの項目や起動したいアプリを指で押したり、つまむ動作をすることによって決定できるほか、バーチャルキーボードも指でポチポチと押すことができる。トラッキング精度は良好で、通常の操作をする上で困ることはほとんどなかった。
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搭載するチップセットは、Qualcommの 「Snapdragon XR2 Gen 2」 。上位モデルのQuest 3と同じチップセットを搭載していることから、グラフィックなどの処理性能についてはほぼ変わらないということに。実際の動作については次項の体験についての部分でもう少し詳しく紹介したいと思う。
バッテリー容量は4,324mAhで、駆動時間は約2.5時間。結構あっという間にバッテリーが尽きてしまうので、長時間の作業時には目を休ませることも兼ねて、適度に休憩を挟みながら使うようにしたい。
Quest 3Sを被りゴッサムシティでダークな鉄拳を振るってみた
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Quest 3Sではどんな体験ができるのか。筆者はQuest 3も持っているので、その比較もしつつお伝えしていく。
バーチャルのホーム画面には、虫の鳴き声が聞こえてくる日本の温泉宿や、砂漠にあるリゾートホテルの一室、宇宙船のような色々な風景を設定できる。やはりレンズの解像度の関係でQuest 3よりは粗さを感じるものの、この価格帯のヘッドセットとしては十分なクオリティだ。
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ブラウザでWebサイトを見てみるとこんな感じ。実際にはスクリーンショットよりももう少し鮮明に文字は見えているが、スマートフォンやPCで高解像度な画面に慣れてしまった身としては、どうしても見づらくは感じてしまう。ブラウザの文字のはQuest 3の方が圧倒的に見やすくはなるため、文字を読む作業などをメインでする予定ならQuest 3を選ぶのがオススメだ。
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Quest 3Sの視野角 (視界) の広さは、Quest 2と同じで水平96°/垂直90°。人間の視野角は一般的に水平180〜200°/垂直120〜130°と言われていることから、自分の目で実際に見ているときよりも水平方向では約半分、垂直方向では約7割程度に制限されることになる。
もちろんヘッドセットを装着しているときには、実際に自分の目で見ている風景よりもかなり制限されているようには感じる (特に水平方向) 。とはいえ、人間の視野角は中心部分がかなり鮮明に見えて、その周囲は意外とぼんやりとしていることから、ヘッドセットを装着しているときと大まかな情報量は変わらないのかなと感じている。
ちなみに、視野角について他ヘッドセットと比較してみると、Quest 3が水平110°/垂直96°、Apple Vision Proが約90°と言われている。確かにQuest 3のほうが広くは見えるものの、実際に装着してみると意外と大きな差は感じられない。そのため、感覚としてはあまり変わらない程度に捉えておいて良さそうだ。
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ゲームはどんな感じなのか、『バットマン:アーカム・シャドウ』をプレイしてみた。本作はプレイヤーがバットマンになって進んでいく一人称視点のアクションゲームで、強烈なパンチや飛び道具などを使って悪党たちを成敗していくという内容になっている。
動作はかなり滑らかで、ゲーム内で歩いたり走ったりすると、椅子に座ってプレイしているはずなのに、本当に自分が動いているかのような錯覚に陥る。
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グラフィックの精細さに関しては、筆者はPS3の『バットマン アーカム・アサイラム』くらいに感じた。普段から最新ゲームハードやPCで4K画質でゲームをプレイしている人からすれば画質は低く感じるかもしれないが、VRゲームは没入感が高いことから、多少画質が低くても違和感なく楽しめるはず。
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Quest 3Sはフルカラーパススルーに対応しており、ヘッドセットを装着した状態で周囲の様子をみることができる。カメラの解像度の関係でQuest 3ほどハッキリとは見えないものの、周囲に何があるのかは十分に把握できる。Quest 3Sで何らかの作業をしながら、机の上のお菓子をつまんだりコーヒーを飲むこともできる。
あえて視界のギリギリ端の部分を見ると表示がわずかに歪んでいることはあるものの、正面や左右を少し見回す程度では歪みはなく、違和感を感じることなく周囲を見ることができる。
ただし、さすがにスマートフォンのような小さなデバイスの画面の文字を読み取ることは不可能。この点においては上位モデルのQuest 3やApple Vision Proなどでも厳しいので、現時点ではまだ技術的に難しいレベルだと思っていただきたい。
まとめ:Quest 3Sはエンタメ用途にピッタリのHMD
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「Meta Quest 3S」 は、スペック上では 「Meta Quest 3」 と違う部分が結構あるものの、ライトユースな体験に限ればそこまで大きな差はなかったように思う。特にゲームなどのコンテンツを楽しむ分には、画質が多少低かったとしても高い没入感を感じることができた。
また、筆者が特にQuest 3Sが優れていると感じた点はコストパフォーマンスの高さ。この価格帯で、これほど高品質なカラーパススルーを実現できているのは驚くべきところ。パススルーを使って現実世界の風景にバーチャルな要素を重ね合わせるMRコンテンツも徐々に増えてきていることから、そういったコンテンツも余すことなく楽しめるはずだ。
もし上位モデルのQuest 3とどちらを買おうか迷っているなら、ブラウザアプリでテキストを読んだり、Virtual DesktopでPC画面を表示する機会が多いかどうかに着目していただきたい。というのも、文字を読んだり作業をする分には解像度が高くないと目が疲れやすいからだ。
しかし逆に言えば、テキストを読んだりPC画面を表示する必要がないのであれば、Quest 3Sの性能で十分と言える。現時点でのMeta Questシリーズのラインアップを考えると、エンタメ目的ならQuest 3S、仕事目的ならQuest 3を選ぶのが最適解かなと筆者は考えている。これからデバイスを購入しようとしている人の参考になれば嬉しい限りだ。