
Appleが「WWDC25」で発表した「iPadOS 26」は、ついに「macOS」風のマルチタスクを本格導入した。
複数ウィンドウ、ポインターの改良、メニューバーの追加。その姿は、もはや「タッチ操作ができるMac」と形容したくなるほどだ。
だが、この到達点に至るまでには、技術的な制約、設計哲学、そしてユーザーの期待との緊張関係があったという。Appleのソフトウェア担当上級副社長のクレイグ・フェデリギ氏と、グローバルマーケティング担当上級副社長のグレッグ・ヨスヴィアク氏がArs Technicaの取材に応じ、その背景を明かした。
Macの概念をiPadで実現するのになぜこんなに時間がかかったのか

「マルチウィンドウ? ポインターの改良? メニューバー? 誰が予想しただろう? 我々は本当に驚異的なリリースを実現したんだ!」
これはWWDCの基調講演で、フェデリギ氏が言った一節だ。iPadを愛するユーザーから長らく望まれてきた機能がついに実現したことに、視聴者の多くはきっと驚きを持って受け止めたことだろう。
フェデリギ氏は、同機能について「待ちに待った」と表現していた。つまり、多くのユーザーがこれを待ち望んでいたことは、Appleは当然ながら知っていたはずだ。
なぜ今まで実現できなかったのだろうか。答えのひとつは「ハードウェアの限界」だ。

Ars Technicaの取材に対して、クレイグ・フェデリギ氏は、「iOS 9時代にSplit ViewやSlide Overを導入した頃から、iPadはタッチファーストの『直接型の操作デバイス』であることが根本にあった」 と話す。
Macのような間接操作に比べ、タッチデバイスでは1フレームの遅延も許されない。初期のiPadはiPhoneの拡大版にすぎず、メモリも処理能力も圧倒的に不足していたため、ウィンドウだらけの世界は非現実的だった。
アプリの作りも足かせになった。当時のiOSアプリは特定サイズの画面に最適化されており、自由にリサイズできるようには設計されていなかった。その結果、iPad上で「デスクトップ的」な動作を再現するには根本的な作り直しが必要だったのだ。
「ステージマネージャ」では成しえなかったiPadOSのマルチウィンドウ化

転機となったのが、2022年に登場したマルチタスク機能「ステージマネージャ」だ。現在使っているアプリが画面中央に大きく表示され、その他の開いているアプリやウィンドウは画面の左側に小さなサムネイルとしてキレイに並べられることで、デスクトップが散らかることなく、目の前の作業に集中できるというものだ。
だが、この最初のマルチウィンドウは思うように機能しなかった。仮想メモリや外部ディスプレイ対応といった挑戦は評価されたものの、利用できるiPadが限定的で、しかも動作も不安定だった。Appleはリリースを遅らせてまで修正を重ねたが、実際にリリースされたものは使い勝手を劇的に向上させるものとは言い難かった。
「ステージマネージャを『ライト版』として提供したくなかった」と、フェデリギ氏は語る。「4つのアプリを内蔵ディスプレイ、さらに4つを外部ディスプレイで動かせること。これが、我々の定義するステージマネージャの定義だったんだ」。しかし、この姿勢が旧機種の切り捨てにもつながり、ユーザーには上位機種だけの機能と映った節があった。

今回の「iPadOS 26」ではこの戦略を一部修正し、より多くのiPadで新たなマルチタスクが使えるようにした。内部構造を再設計し、背景処理やウィンドウ管理も大幅に最適化した。古いデバイスの場合は、同時にアクティブにできるウィンドウ数に制限はあるものの、体験そのものは共通化された状態で提供される。
なお、ステージマネージャは引き続き「任意のモード」として残されており、従来のSlide OverやSplit Viewを含め、ユーザーが使いたいスタイルを選択できるようになっている。
Appleは、iPadとMacの融合を完全には望んでいない。フェデリギ氏の言葉を借りれば、これからも「iPadはiPadらしくあるべき」なのだ。
とはいえ、今回のマルチタスク刷新によって、ようやくMacのようにiPadを使いたいというニーズに、Appleが応えたことは間違いない。やや矛盾にも感じられるが、何よりユーザーの願いを叶えることが大事で、ひいてはユーザーがiPadを選ぶ動機にも繋がるはずだ。
しかし、筆者が個人的に気になるのは今後どこまでMacに近づくのかということ。今はまだiPadとMacは別物であることに変わりはないが、今後5年〜10年と中期的なスパンで考えたら両方の特徴を融合させたデバイスが登場することもあるのだろうか。
情報ソース
(画像:Apple)