
グローバルブランドがひしめく日本のロボット掃除機市場において、エコバックスは日本を「特に要求水準の高い重要な市場」と位置づけている。日本では、清掃性能や仕上がりだけでなく、静音性やアフターサポートの質にまで厳しい目が向けられる。このような市場で、同社はいかに存在感を高めようとしているのか。
今回、エコバックスのCOO(最高執行責任者)である李雁(Yan Li)氏にメールインタビューを実施した。主要部品を自社で開発・製造する専業メーカーとしての強み、グローバル標準の技術を基盤としながら日本の住環境に合わせたローカル最適化、さらにロボット掃除機の枠を超えた今後の展望について話を聞いた。日本市場を起点に、新たなスタンダードを築こうとする同社の戦略が、李氏の言葉から浮かび上がる。
筆者:
エコバックスグループの中で、日本市場はどのような位置づけにありますか?また、現在の日本法人としての市場シェアや、今後数年で目指している成長目標を教えてください。
エコバックスCOO 李雁(Yan Li)氏:
日本は要求水準の最も高い戦略市場です。製品の品質はもちろん清掃の仕上がり・静音性・アフター体制のいずれも世界最高水準が求められます。
市場シェアの詳細は非開示ですが、直近はプレミアム〜ミドルの両輪で存在感を高めつつ、中期では、①「トップブランドの一角」への定着、②プレミアム領域の成長(カテゴリーの牽引役)、③ユーザー体験(UX)でNo.1など3つを目標に、製品・販売・サポートの三位一体で進めてまいります。
筆者:
日本のロボット掃除機市場はiRobotやRoborockをはじめ、グローバルブランドとの競争が非常に激しい市場です。そうした中で、エコバックスが特に優位性を持っていると考える点はどこにありますか?
李雁氏:
弊社が持つ最大の強みは、「専業メーカーとしての経験と、グループ全体での開発体制」にあります。当社は長年にわたり、ロボット掃除機を専門領域として開発を続けてきました。その中で培ったノウハウとデータの蓄積は、他社には容易に真似できない資産です。
エコバックスは、自社開発部門を設立し、主要部品(センサー、モーター制御、AIアルゴリズムなど)をサポートする体制を構築しており、製品の最適化と品質管理をグループ内で完結させることができ、大きな優位性を生み出しています。
また、近年では同じグループ企業であるティネコ(Tineco)と共同開発を進め、たとえばローラーモップや洗浄機などの“床ケア”領域でも新しい技術革新を実現しています。これにより、吸引・水拭き・洗浄を一体化した「オールインワンの清掃ソリューション」をより高い次元で提供できるようになりました。
さらに、dToF LiDARやAIカメラ(AIVI)による高精度ナビゲーションなど、センシング技術の進化にも積極的に投資しています。日本市場では静音性、コンパクトさ、丁寧な仕上がりといった独自のニーズにも対応し、単なる機能競争ではなく「任せられる清掃」として差別化を図っています。
私たちは、機能の足し算ではなく、ハードからソフトまでグループ一体で磨き上げた完成度こそが、エコバックスの最大の競争優位性だと考えています。

筆者:
「DEEBOT」シリーズにはTrueMapping、AIVI、OZMO Turboといった独自技術が多数採用されています。現行モデルの中で、最も革新的だとお考えの技術と、その強みを教えてください。
李雁氏:
DEEBOTシリーズは家庭用清掃技術の進化を継続的に推進しています。DEEBOT X8がローラ式床拭きの新時代を切り開いて以来、T80やX11などの製品で清掃体験は不断にアップグレードされてきました。
新発売されたDEEBOT X11 OmniCycloneは、これまでに開発した中で最も強力な掃除ロボットであり、これまでにない強力な清掃性能を示すだけでなく、エコバックス初の「無制限連続運転」を実現したローラ式床拭きロボットでもあります。
X11はまた、YIKO音声アシスタントをAGENT YIKO※へとアップグレードしており、これは大規模言語モデルを統合した業界初のロボットエージェントで、自律的に思考および計画し、空間認識とユーザーの習慣認識を詳細に分析して、真の意味での自律的なインテリジェント清掃を実現します。
※AGENT YIKO:英語のみ対応。日本語は今後のアップデートで対応予定。
現在の機種で最も革新的な技術は、dToFレーザーレーダーを採用したTrueMappingシステムと、AI物体認識技術AIVI 3.0であると考えます。
TrueMappingは、従来のLDSセンサーに比べて約4倍の距離精度と2倍の測定精度を実現し、暗所や家具下でも安定したマッピングが可能です。これにより、最短経路での清掃と、清掃漏れのないエリア管理が可能になりました。
一方、AIVI 3.0はディープラーニングを活用し、ケーブル・スリッパ・ペットなど物体の種類をリアルタイムで識別・回避します。これまでの“障害物検知”を超え、環境を理解して自律判断するロボットへと進化させました。この2つは、自律清掃の新たなステージを切り開く中核技術だと考えています。
筆者:
日本の住宅は畳や段差、狭い通路など独特の環境があります。こうした住環境に対応するために、開発段階で特に重視している点や工夫している技術はありますか?
李雁氏:
重視点は「清掃の仕上がり、コンパクトさと静音性」です。
- エッジ清掃:沿辺アルゴリズムとモップ制御で巾木際の取り残しを低減
- 段差・狭所対応:走行アルゴリズムとセンサー配置の最適化で、詰まりや乗り上げを抑制
- コンパクトさ:T50シリーズは高さを81mmに抑え、家具下の可掃域を広げる
- 静音・周波数設計:夜間や集合住宅でも使いやすく
筆者:
日本ではオンライン販売の比率が高い一方で、リアル店舗での体験価値も重視される傾向があります。貴社では、実店舗やイベントを通じた体験提供・顧客接点の強化をどのように進めていますか?
李雁氏:
「触って納得」の場づくりを継続します。具体的には、以下を強化しています。
- 家電量販店での常設デモ・担当者の教育・育成(製品を説明し、デモを実施できるように)
- ポップアップ/週末イベントでの実体験とQ&A
- オンラインではインフルエンサーによる動画や設置ガイドを用意し、店舗体験と一続きになる情報設計
筆者:
日本のユーザーから寄せられるフィードバックや要望を、どのように製品開発やサポート体制の改善に反映していますか?
李雁氏:
サポート窓口、アプリ経由のお問合せ、量販店の販売員のフィードバックを集約し、日本ローカル要望(静音性・サイズ・文言・サポート動線など)を優先度付けし、OTAで素早く反映することで、アフターサービスの「VOC(Voice of Customer)」を定例でプロダクト側へ還流します。
筆者:
今後5〜10年のスパンで見たとき、家庭用ロボット市場はどのように進化するとお考えですか?
李雁氏:
当社グループCEOの David Qianは、「家庭用ロボットは単なる掃除機ではなく、家事全体を自動化する『ホーム・オートメーション・プラットフォーム』へ進化していく」と述べています。今後5〜10年でロボットは、掃除という単一タスクから、家庭全体の管理・最適化を担うインテリジェントな存在へと発展していくでしょう。
これまでのロボットは「人が操作する機械」でしたが、これからはAIやセンサー技術の進化により、人の生活リズムや好みを学習して自ら判断する「自律的パートナー」に変わります。たとえば来客前には自動でリビングを清掃したり、花粉の時期には空気環境を考慮して清掃頻度を調整する、といった行動が当たり前になるでしょう。
Qianが掲げるビジョンの中では、複数のロボットが協調して動作するエコシステムも重要な要素です。床掃除、窓拭き、芝刈り(日本はまだ未発売)など異なるカテゴリーのロボットがデータを共有し合い、家庭全体を一体的に清掃・管理する未来。エコバックスはその実現を見据え、AI・ナビゲーション・クラウド連携の強化を進めています。

筆者:
海外ではロボット芝刈り機や業務用清掃ロボットなど、家庭用以外のカテゴリ展開も進んでいます。日本市場において、法人・業務用途や窓拭きロボットなど、今後注力したい新分野とそのポテンシャルをどう見ていますか?
李雁氏:
エコバックスでは、家庭用ロボットで培った技術を基盤に、法人・業務向け分野への応用を積極的に進めています。
すでに日本国内では、飲食業や介護施設などの現場で清掃ロボットが稼働しており、床清掃の自動化を通じて人手不足や衛生管理の課題解決に貢献しています。現在は、日本のパートナー企業様と協働で、より大規模な導入に向けたPoC(実証実験)を進行中です。現場オペレーションの効率化、安全性、清掃品質などを実際の運用環境で検証し、導入モデルの最適化を図っています。
また、窓拭きロボット「WINBOT」シリーズについても、日本国内でオフィスビルや商業施設向けのPoCを実施しています。運用方法、導入プロセスと安全管理体制の最適化に注力しており、より多様な施設で安全かつ効率的に使える運用モデルの確立を目指しています。
将来的には、家庭用・業務用という区分を超えて、弊社が掲げている「Robotics for All」というビジョンを目指しています。日本は特に、少子高齢化や人手不足といった社会的課題が顕在化しており、ロボットが清掃や環境管理を支える役割は今後さらに重要になると考えています。
筆者:
AIやIoTの進化はロボットのあり方を変えつつあります。たとえば生成AIや音声アシスタントとの連携など、エコバックスの製品がどのように進化していくとお考えですか?
李雁氏:
AIは、これからの家庭用ロボットを「指示に従う存在」から「対話しながら考える存在」へと変えていくと考えています。
最新モデル 『DEEBOT X11 OmniCyclone』 に搭載された AGENT YIKO※(イコ)は単なる音声認識ではなく、ロボット本体にAIを組み込み、ユーザーの意図や状況を理解して最適な動作を自ら判断するエージェントです。たとえば「キッチンを重点的に掃除して」と話しかけると、エリアを自動認識して経路を最適化します。照明や音環境なども読み取り、今掃除すべきかを判断するようになっています。
※AGENT YIKO:英語のみ対応。日本語は今後のアップデートで対応予定。
その一方で、AI時代に欠かせないのがプライバシーと信頼性です。エコバックスでは多くの処理をローカルで行う仕組みを採用し、個人データをクラウドに送らずに動作できるように設計しています。
同時に、エコバックスは世界トップクラスの品質基準を堅持しています。DEEBOTシリーズ製品は、すでにドイツのTÜVラインランド認証およびULダイヤモンド級認証を取得しており、これは安全性、性能、耐久性の面で国際最高水準に達していることを意味します。IoTであることはプライバシーを犠牲にするべきではなく、信頼性は権威ある基準による検証が必要です。これこそがエコバックスが世界市場で長期にわたりユーザーの信頼を得ている基盤です。
YIKOは、人とロボットの関係を“指示する”から“対話する”へ変える転換点であり、次世代の家庭ロボットの基礎を築く第一歩だと考えています。

筆者:
製品の長寿命化、リサイクル性の向上、エネルギー効率など、環境面での取り組みについて教えてください。サステナビリティをどのように企業戦略の中に組み込んでいますか?
李雁氏:
サステナビリティは、もはや“選択肢”ではなく、企業の成長そのものを支える基盤だと考えています。エコバックスグループでは、環境・社会・ガバナンス(ESG)を経営の中心に据え、グローバル全体で持続可能な事業運営を推進しています。
2024年に発表したグローバル・サステナビリティレポートでは、明確な数値目標を掲げています。
- 2030年までにカーボンピークを達成し、2060年までにカーボンニュートラルを実現するという長期コミットメント
- エネルギー使用強度を20%削減、水使用強度を10%削減、梱包資材を30%削減(2020年比)
- 太陽光発電やリサイクル素材の利用を進め、2024年には旧モデル29,000台の回収と5,400トン超のリサイクル材処理を実施
また、製品開発面では「長く使えることこそ最大の環境貢献」という考えのもと、モジュール構造・交換パーツ供給・長期OTA(ソフトウェアアップデート)対応を全製品に広げています。使い捨てダストバッグのデザインや、エネルギー効率の高いモーター・乾燥機構の採用なども進めており、製品寿命の延伸と廃棄物削減の両立を図っています。
筆者:
グローバル企業の一員として、日本法人が成果を上げるために意識している組織文化やリーダーシップの在り方があれば教えてください。
李雁氏:
エコバックスグループ全体の理念として、CEOの David Qianは「私たちの使命は、世界中の家庭にロボットを届け、より良い暮らしを実現することだ」と常に語っています。その根底にあるのは、「テクノロジーを人の生活に自然に溶け込ませる」という思想です。
私たち日本法人もその精神を受け継ぎながら、“グローバル標準×ローカル最適化”の両立を大切にしています。グローバルで培われた技術力や品質基準を土台に、日本市場ならではの住宅環境・消費者行動・販売チャネルに合わせた素早い判断と実行を重視しています。
組織文化としては、“自律的に考え、動くチーム”を目指しています。環境変化が激しい中では、トップダウンだけではスピードが出ません。社員一人ひとりが現場の課題を自ら見つけ、改善を提案し、実行までつなげる。その自発性こそが日本法人の競争力だと思っています。
もう一つ大切にしているのは、オープンでフラットな対話です。現場からの声を吸い上げ、それをグローバルにフィードバックすることは、組織全体のイノベーションを加速させます。地域・文化の違いを超えて学び合い、共に前進する――それがエコバックスのリーダーシップの根幹にあります。
私たちは、単にグローバルの方針を“ローカライズする”だけでなく、日本市場からも新しい価値を発信し、グローバルに還流させるハブとしての役割を果たしたいと考えています。
筆者:
日本のユーザーやパートナー企業に向けて伝えたいメッセージがあればお願いします。
李雁氏:
前述のように、弊社のミッションは「Robotics for All(すべての人のためのロボティクス)」です。これは単にロボットを作ることではなく、テクノロジーを人の生活の中に自然に溶け込ませ、より快適で持続可能な暮らしを実現するという約束です。
私たちは、「ロボット掃除機」というカテゴリーを超えて、人の時間を取り戻し、生活にゆとりと豊かさを生む存在を目指しています。技術は人のためにある——その考え方を日本市場でも一貫して大切にしています。
そして、私たちのもう一つの原点は、ユーザーの声を最も大切にすることです。CEOのDavid Qianが語ったように、「競争よりもユーザーに目を向け、フィードバックを進化の源にする」姿勢が、エコバックスの製品開発の根幹にあります。
日本のユーザーの皆さま、そしてパートナー企業の皆さまの声が、エコバックスの成長を支えています。日本市場は世界の中でも品質要求が最も高く、その中で培われた経験がグローバル全体の進化につながっています。
私たちはこれからも、「生活をよりシンプルに、よりスマートに、そしてよりサステナブルに」という信念のもとで、家庭と社会を支えるロボティクスの未来を共に創っていきたいと思います。

