【インタビュー】Adobe Illustratorのテキストエンジンが20年ぶり刷新。日本語エンジン担当のナット・マッカリー氏に聞いた変更の背景や苦労

アドビは今年10月、ベクターイメージ編集ソフト 「Adobe Illustrator」 のテキストエンジンを20年ぶりに刷新した。

テキストエンジンの刷新に伴い、これまで作成してきたコンテンツの文字組みがズレてしまうことがあることから、新しいテキストエンジンでどのように文字組みが変わるのかをチェックできる 「文字組み更新」 パネルも実装。旧バージョンで作成したコンテンツでも最新バージョンで安心して開けるような仕組みが用意された。

今回、アドビの日本語テキストエンジンの開発担当で、InDesignのタイプエンジンやPhotoshopの開発にも携わったナット・マッカリー氏と、IllustratorやPhotoshop、InDesignなどのデザインツールを担当する岩本崇氏とのグループインタビューの機会があり、Illustratorのテキストエンジンの刷新について、20年ぶりに刷新が行われた背景やユーザーからどんな反応があったのかなど、色々なお話を聞くことができた。

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「Adobe Illustrator」 20年ぶりのテキストエンジンの刷新についてナット氏と岩本氏に聞く

まずはナット氏から、アドビのテキストエンジンの歴史に関する説明があった。

ナット氏:

もともと、アドビはタイポグラフィから始まりました。タイポグラフィのパワーがいかに重要なのかということで、当時はタイポグラフィをみんなの手に届くような技術にするために開発を進めていました。

アドビは技術的に優れた世界一のテキストエンジンを持っています。文字組みの機能の豊富さはもちろん、あらゆるスクリプト、言語など。そして縦組、横組、文字間隔、フォントの種類などあらゆる要素によって表現力を高めることが多い日本語のための機能もたくさん入っています。

ナット氏 「日本人は文字に対する深い考えを持っていると感じることが多い」

ナット氏:

例えば本のデザインをみれば一目瞭然です。日本語は文字サイズの比率や余白など、特に細かく調整しています。

縦組も横組もあり、行間隔はどうするのか、文字サイズはどうするのか……和文はとにかく色々な組み方があり、デザイナーは明確な目的を持ってデザインを作っています。文字と画像を組み合わせたときに、文字が画像になるくらいまで柔軟性が必要なのが日本語です。

実は、プロのデザイナーでも悪い組み合わせをしてしまう人がいる。デザインのどこが良くて、どこが悪いのかはプロでも分からないことがあるんです。日本人は文字に対して深い考えを持っているので、プロではない一般の方でも良いタイポグラフィと悪いタイポグラフィの違いが分かることが多いです。

今年10月に登場した最新のIllustrator 2025 (ver.29) では、20年ぶりにテキストエンジンが刷新。この20年の間には不具合の修正などを加えながらブラッシュアップを続けてきたが、いよいよ機能やパフォーマンスを大きく変えるタイミングが来たのだという。しかし、アップデートに伴い文字組がずれてしまう可能性があるという問題もあったことから、いくつか対策も実施してきた。

岩本氏:

実はアドビのテキストエンジンは、最新では大きく分けて2つしかありません。1つはInDesignのエンジン。これはとびきり良いものが使われています。もう1つはAdobe Type (AT) というもので、これがIllustratorやPhotoshopなどのデザインツールに広く使われています。その中でも一番進んだエンジンが今回のIllustratorに搭載されたエンジンになります。

そして、実はIllustratorの最新のテキストエンジンはAdobe Expressにも搭載されています。もともとのテキストエンジンはデスクトップPCなどで使うことを前提として作られていましたが、ExpressはWebブラウザ上で使うツールなので、もっとパフォーマンスが軽くなければいけない。実は結構前からこの準備を進めていて、Expressはリリース当初からこのテキストエンジンを搭載しています。

ただし、テキストエンジンのアップデートをするというのは良いことばかりではなく、ユーザーの皆さんにご迷惑をかけてしまう可能性がある。というのも、この20年の間に作っていただいたIllustratorのコンテンツを新しいバージョンで開くと、文字組がずれてしまうことがあるんです。

Illustrator 2023 (ver.27.7) 以降で作成・保存されたaiファイルを開くときのポップアップ

そこで、2023年にリリースしたIllustrator 2023 (ver.27.7) 以降で作成・保存されたaiファイルには、文字位置を記録した 「テキストレイアウト情報」 を保存するようにしました。このタイミングから、新しいテキストエンジンに移行する準備をしていたということですね。

Illustrator 2023以降で作成・保存したファイルを最新のIllustrator 2025で開くと、「更新」 「変更を確認」 「キャンセル」 の3つの選択肢が表示されて、このうちの 「変更を確認」 を選ぶと、ファイルに保存されたテキストレイアウト情報をもとに、過去の文字組みを維持して表示します。

「文字組み更新」 パネル

岩本氏:

そして、最新バージョンのIllustratorで利用できる 「文字組み更新」 パネルを使って、変更前と後のレイアウトを確認しながらテキストを編集できるようにしました。更新前と後のものを重ねて表示することで、位置のずれがどの程度発生するのかが確認できます。

さほど問題がないケースも見受けられますが、場合によってはパッケージのデザインや問い合わせ先とか、抜けたりずれたりすると困るというものもあるわけです。ユーザーの皆さんにそういったご迷惑をかけてはいけないということで、この機能を用意しました。

Illustrator CS〜2023 (ver.27.6) で作成したaiファイルを開くときのポップアップ

もしIllustrator CS〜2023 (ver.27.6) で作成した、「テキストレイアウト情報」 が保存されていないファイルを最新のIllustrator 2025で開いてしまった場合には、「キャンセル」 と 「OK」 の2つの選択肢しか表示されません。

ここで 「OK」 を押してしまうと文字組が完全に更新されてしまってずれてしまう可能性があるので、以前の文字組を維持したい場合は、Illustrator 2023 (ver.27.7) でファイルを再保存する必要があります。旧バージョンのファイルが大量にある場合には、特定のフォルダに保存されているファイルを一気に再保存できる便利なプラグインも用意しています。

こういった情報については、ブログでも 「保存版」 として案内しているので参考にしていただけると嬉しいです。

ナット氏:

そもそもIllustratorのテキストエンジンのバグフィックスを一生懸命やり始めたきっかけは、Expressに最初からいい文字組ができるテキストエンジンを入れたかったからです。

でも、Illustratorの旧バージョンで作ったコンテンツの文字組がずれてしまう可能性があることから、「文字組み更新」 パネルができるまでは、このバグフィックスを施した最新のテキストエンジンをIllustratorに安易に搭載することはできない。そこで、まずはExpressに最新のテキストエンジンを搭載しておいて、Illustratorは 「文字組み更新」 パネルができてからの搭載になりました。

岩本氏:

Illustrator 2025の改善点を具体的にご紹介すると、まずは 「エリア内文字オプション」 で上下の中央揃えがより正確になりました。

以前までは中央揃えに設定した場合、上下中央からやや下に文字が配置されてしまっていました。以前からこの問題は認識していまして、最新バージョンでは 「段落」 パネルのパネルメニューで 「仮想ボディの上基準の行送り」 を選んだときに、テキストエリアに対して文字が上下中央に配置されるようになりました。

また、自動カーニング (文字詰め) の設定時に、文字がテキストエリアを超えないようになりました。こちらも以前から認識していた問題でして、今回の最新バージョンで修正しています。

こういった修正を加えたことで、より挙動としては正しく動くようになったのが最新のIllustrator 2025になります。

既知の問題を修正して、より正しい挙動で動作するようになったIllustrator 2025だが、文字組がずれる可能性がある問題について、ユーザーからはどのような反応があったのだろうか。

岩本氏:

テキストエンジンのアップデートについては、ちょうど1年前に実施した 「Adobe Max Japan 2023」 のタイミングでナット自身が来日して、「こういうアップデートをします」 という内容を皆さんにご案内しました。

また、闇雲に不安を煽るのではなく、正しく情報を知っていただいてアップデートに対して準備していただきたいという思いから、ブログやメールなどでも早い段階から細かくご案内をし続けてきました。

情報を正しく知ってもらえれば問題はないんです。変わるということが正しくわかっていれば 「こう変わったのか」 と思うけど、知らないと 「どういうことなんだ?」 となってしまう。

正直、アップデートに対して (ユーザーからの反応には) 温度差はありました。「新しいもので変わるものだから仕方ないよ」 と納得していただけている意見もあれば、「過去に作ったファイルが膨大だから、どんなことが起こるのか心配」 という声もいただきました。

ドラスティックにスパンと変えてしまうとお客様にご迷惑をおかけすることがある。新しいものを発表するときにはかなりセンシティブに情報を取り扱うんですけれども、1年以上前から 「こういうことがいずれ行われますので、準備してください」 とご案内を続けてきても、なかなか皆さんに伝わるのが難しかった。でも、SNS上で案内すると色々な方から反響があって、そこから拡散して知ったという方もいて、ありがたかったなと思っています。

岩本氏のXの投稿 (@tiwamoto0718)

最初のうちは一部ネガティブな意見もあったんですけれども、比較的情報を出しているという点ではポジティブに捉えてもらってる意見を多くいただきましたね。SNS上で 「ここが分かりにくい」 と指摘いただいたところに対しては、しっかりと個別に対応した上で、次のブログにわかりやすいようにチャートを用意したりというように、ユーザーの皆さんが不安にならないような形で情報を追加して行きました。

ナット氏:

今回のアップデート内容について、「ようやくこのバグが直ったか……」 と思った方も多かったと思います。当初ユーザーの皆さんから寄せられたネガティブな意見の大半は、情報が足りないことに対するものが多かった。

どこがどう変わったか分からないと、ユーザーの皆さんは不安になる。そこで正しい情報をブログなどでお伝えすることで、ここは変わる、ここは変わらないというのがきちんと確認できるし、それによってネガティブな意見をポジティブに変えることができたのではないでしょうか。

これまで文字組などに関わってきた人は、大半がその道のプロの方でした。しかし、今はSNSや動画などによって、日本語の文字組の細かいルールや正しい文字組の知識に一般ユーザーが触れる機会が多くなっている。私たちの目標は、こういった文字組のルールなどを分かりやすいユーザーインターフェースや機能で簡単に実現できるようにすることだと思っています。

岩本氏:

Illustratorのテキストエンジンについては、ナットと私、そしてユーザーの方も加えて、来年2月に日本で実施される 「Adobe Max Japan 2025」 でアップデートに関する内容の取りまとめを行う予定です。気になる方はぜひ見ていただきたいです。

(画像提供:アドビ)

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